第155章 疑似ドッグファイト
シナリオ設定
•時期:1942年 夏ごろ
•場所:ソロモン諸島近海 上空
•自機:零式艦上戦闘機二一型(A6M2)
•強み:
•低速域(200〜300 km/h)で抜群の旋回性
•低高度〜中高度での上昇性能
•長大な航続距離
•良好なロール(ただし高速域では重くなる)
•弱み:
•装甲ほぼ無し(パイロット防弾・自封タンクなし)
•高速域では操舵が急激に重くなる
•高速ダイブ耐性が低い(翼強度・操舵力の限界)
•敵機:F4F-4 ワイルドキャット(米海軍)
•強み:
•丈夫な機体構造・自封タンク・防弾
•高速ダイブ性能が良い
•中高速域での安定性
•弱み:
•零戦より旋回が遅い
•上昇・加速で劣る
•失速特性がやや厳しい
•高度:5,000 m
•こちら 2 機編隊、敵 4 機(いわゆる「ラテラル隊形」)
•自分は僚機を伴う先頭(長機)
空中戦シミュレーション(零戦パイロット視点)
※一人称で進めます。
※随所に、現実の機体特性に基づいた「なぜその操縦・戦術を取るか」を自然に織り込みます。
① 接敵前 ― 高度と位置取り
——エンジン前方から、わずかに油の匂いが漂ってくる。
「高度、五千。燃料、まだ十分だな。」
零戦二一型は、この高度でもまだ軽く操縦桿が動く。
右手でスロットルを微調整しながら、左翼前方にちらりと目をやる。
僚機が、きっちり 100 メートルほど右下に位置を保っているのが見える。
無線:
「一番機より二番機。敵影、見えるか。」
『……こちら二番。前方一時方向、約十キロ、黒点四。高度は同じくらい。多分グラマンだ。』
遠方に並んだ 4 つの黒点。
間隔をあけて、二機一組が左右に分かれている。
典型的な米軍の「二機編隊 × 2」。
互いにカバーし合う隊形だ。
零戦の強みは旋回と上昇。
真正面から 2対4 でやり合えば、こちらの運動性を押し付けやすい反面、袋叩きにされる危険も高い。
まずは高度優位をとることを優先する。
スロットルをやや押し出し、わずかに上昇。
速度を 260〜280 km/h 程度に保ちながら、なめらかに天をなぞるように登っていく。
このあたりの速度域なら、零戦は舵が軽く、すぐ旋回に移れる。
「二番。高度百〜二百上を取る。編隊、右旋回で接近する。目を離すな。」
② 最初の交差 ― 旋回戦に引きずり込む
グラマンの編隊も、こちらに気づいた。
隊形を崩さないまま、こちらに正面から向き直ってくる。
米軍機は、こちらの旋回性が高いことを知っている。
だから通常は、正面からすれ違って、そのまま上昇・離脱(ブーム&ズーム) を狙ってくる。
そこを狙う。
すれ違い直前、スロットルを絞り気味にし、速度を約 250 km/h まで落とす。
ゼロは低速でも舵がよく効く。
逆にグラマンは、低速に落ちるほど舵が鈍くなる。
交差距離 500 m。
すれ違いざま、胴体側面が一瞬だけ視界をかすめる。紺色の機体。F4F だ。
「……来るぞ。」
交差の瞬間、操縦桿を軽く右へ倒し、ラダーを踏み込む。
速度をあえて抑えていたおかげで、機体が素早く右に傾く。
そのまま右急旋回に入る。
グラマンもすぐ旋回を開始したが、こちらほど機首が内側に回り込んでこない。
G をかけつつ、速度計は 240、230 km/h と落ちる。
零戦にとっては、まだ十分余裕のある領域だ。
円を描くように旋回を続けるうち、
グラマンの側背後に、少しずつ自機の機首が入り込んでいく。
『二番より一番! 一番機、もう少しで後ろに取れるぞ!』
「焦るな。失速させるなよ。」
零戦は軽いが、翼面荷重が小さいぶん、低速では急激に迎え角が増えやすい。
必要以上に操縦桿を引き込むと、あっさり失速する。
そこを無理せず、じわじわと追い込む。
旋回を続けること十数秒。
視界の右前方にいたグラマンが、やがて照準線の中央やや上に収まる。
距離約 250〜300 m。
零戦の 20 mm 機関砲なら、有効射程だ。
③ 初弾射撃 ― 武装と射撃
武装:
•20 mm 機関砲 × 2(翼内)
•7.7 mm 機銃 × 2(機首)
距離が詰まるにつれ、照準器のリングの中で、敵機の機体がわずかに揺れる。
こちらの機体も旋回中で完全な安定は得られないが、
零戦は旋回中の姿勢制御が素直なので、「安定しないなりに」狙いをつけやすい。
呼吸を一度止め、トリガーを短く引く。
——20 mm がドドンと機体を震わせる。
翼から白い煙が一瞬だけ伸び、光る線がグラマンの後部胴体に向かう。
命中。
敵機の右エルロン付近で、銀色の破片が散るのが見えた。
右翼がわずかに下がり、旋回面から外れていく。
だが、グラマンはすぐには壊れない。
重装甲の米軍機は、致命弾をもらっていない限り、しぶとく飛び続ける。
「……やはり頑丈だな。」
零戦なら、一発でも致命傷になりかねない損傷だが、
ワイルドキャットは燃料タンクも自封式で、簡単には炎上しない。
敵機はバンクを立て直すことを諦め、
機首を下げて急降下に移った。
④ 垂直機動 ― 追うか、登るか
『一番、追うか!?』
視界の下端に、小さくなっていく敵機。
零戦で無理に高速ダイブを追いかけるのは、悪手だ。
高速域(500 km/h 以上)では、零戦の操舵が極端に重くなり、
エレベータ・エルロンともに効きが鈍る。
構造的な強度も、米軍機ほど余裕がない。
「……いや、追わん。こちらは上を取る。」
スロットルを 7 割ほどに戻し、徐々に機首を上げる。
速度が 240 → 220 km/h と落ちていくのに合わせて、
翼が空気を噛むような感触が操縦桿に伝わる。
**垂直上昇に近い「ゆっくりした上昇旋回」**に移行し、
上空の様子を確認する。
前方左上に、もう 2 機のグラマン。
こちらの初回の旋回で遅れ、今になって追いついてきたようだ。
彼らは、こちらを無理に追い回さず、やや距離を保ったまま、再度ヘッドオンの位置を取り直そうとしている。
米軍パイロット教範どおりの動きだ。
零戦に旋回戦を仕掛けるな、
速度と高度を活かした一撃離脱で戦えという教え。
「二番、少し距離を取れ。こちらは左上に出る。」
僚機にも軽く上昇を指示し、編隊を縦にずらした「梯子」のような形にする。
上:自機
下:僚機
上からは攻撃機会を待ち、
下の僚機は、グラマンがこちらの高度を奪いに来た時のカバーに回る形だ。
⑤ 米側の反撃 ― 一撃離脱&カバー
2 機のグラマンが、速度を保ったままこちらに接近してくる。
小刻みなロールと機首の上下動。
編隊の動きからして、互いにカバーし合う「Thach Weave」に近い動きを準備している。
すれ違いざまのヘッドオンを避けるため、こちらは軽くバンクを取って斜めに上昇する。
突っ込んでくるグラマンの一機が、こちらに向けて短く射撃。
曳光弾の筋が、機首の下をかすめて流れていく。
『おい、近いぞ!』
「慌てるな。やつらが通り過ぎた後だ。」
グラマンがこちらの下をすり抜ける瞬間、
相手はすぐバンクを反転し、上昇旋回に移る。
隊形を組んだ二機が互いに交差しながら、
零戦の後ろに回り込むタイミングを伺っている。
これが米軍の「互いにカバーし合う」教えの実行形だ。
こちらが一機を追えば、その尾にもう一機がつく。
そういう形を狙っているのが、空中からでも見て取れる。
⑥ 「相手を追わせる」 ― 誘いの機動
こちらは上にいる。
高度優位は、零戦の命綱だ。
「二番、下に降りて、少しだけ奴らを誘え。無理はするな。」
『了解。一度だけ、尻を見せて逃げる。』
僚機が高度を少し落とし、
わざと敵の前方を横切る形で飛ぶ。
「追いやすい標的」を演じる。
予想どおり、グラマンの一機が、
僚機を追ってわずかに高度を落とした。
もう一機はカバーに残るが、
わずかに間隔が空いた。
ここが隙だ。
自機は高度を生かし、
機首を下げつつ右へバンク、上からの一撃離脱の形に入る。
零戦本来の設計思想とは逆だが、高度がある今は、こちらもブーム&ズームをまねてよい。
速度計が 350 → 380 → 400 km/h と伸びていく。
このあたりから、エルロンの効きが少しずつ重くなり始める。
操縦桿の入力を最小限に抑え、
照準器を、僚機を追うグラマンの背後やや斜め上に、すべり込ませる。
距離 400 m。
さらに近づき、300 m……250 m……
トリガーを一秒弱、短く引く。
20 mm と 7.7 mm が同時に唸りを上げる。
敵機の左翼付け根あたりで、
白い煙と火花が散る。
次の瞬間、グラマンの翼ががくりと折れ、黒い煙が尾を引き始めた。
『ヒット! 一番、落ちたぞ!』
「よし。離脱する、上を見るんだ。」
追撃はしない。
撃墜した機を追って急降下すれば、
今度は上に残っていたもう一機のグラマンの餌食になる。
トリガーを離すと同時に、
スロットルを絞り気味にして軽く引き起こす。
失速しないギリギリの角度で上昇に戻り、
再び高度優位を取り直す。
⑦ 戦況整理 ― 残存機と燃料
状況を整理する。
•こちら:零戦 2 機(損傷軽微)
•敵:F4F 3 機(うち 1 機が大破・急降下脱落、1 機は先ほどダイブ離脱)
『一番、燃料は?』
「まだ半分以上はある。だが、あまり長居はできん。」
ソロモンの空戦は、基地までの距離が長い。
零戦の航続距離は大きな利点だが、
戦場上空で深追いしすぎれば、帰りの「余裕」が消える。
万一エンジンに被弾していた場合、燃費は悪化し、
基地へ帰還する余力も失う。
「勝てる戦いでも、深追いすると負ける」
これもまた、何度も聞かされてきた教えだ。
⑧ 最後の交戦 ― 短時間決戦
残る 2 機のグラマンが、高度を保ったままこちらをにらんでいる。
こちらは 2 機で、やや上。
互いに決定打を狙っているのがわかる。
正面から突っ込めばヘッドオン、
旋回戦に持ち込めばこちらが有利だが、
相手はおそらく、サッチウィーブでこちらの正面に銃口を向けてくる。
「二番。今度は、おれが下に出る。お前は上から見ていろ。」
『え? 一番が囮か。了解。』
自機は僚機と軽く高度を分け、今度は自分が下。
グラマン二機の間を、わざと横切るように進入する。
速度はやや高め、300〜320 km/h を維持。
敵は、予想通り反応した。
一機が右から、もう一機が左から、
互いに交差するようにこちらを狙ってくる。
曳光弾が、コクピットの左右をかすめていく。
バイザー越しに、ガラスに弾痕が一つ二つ刻まれる。
「……近いな。」
舵を急に切らない。
零戦は軽いぶん、乱暴な操舵で姿勢を崩しやすい。
一瞬だけ操縦桿を前に倒し、急激に高度を約 50 m 落とす。
同時にエルロンで軽くロールし、
敵の照準線から機体を外す。
その瞬間——
上から一筋の白煙。
僚機が、敵編隊の交差点に向けて、
鋭い降下射撃を浴びせかけた。
上から見下ろす位置にいた二番機にとっては、
**互いに交差する敵機は「進路が読みやすい標的」**だ。
相手は自分たちのカバーに集中していたぶん、
上からの一撃には反応が遅れる。
一機のグラマンの右翼付け根あたりで爆発が起こり、
バンクを維持できず、スピンに入る。
もう一機は急激に機首を下げてダイブ、
白煙を引きながら雲の中へ逃げ込んでいく。
『ヒット。……一機、完全に落ちた。もう一機は下へ逃げた。』
「よし。深追いはしない。帰るぞ。」
⑨ 離脱 ― 零戦パイロットが意識する「現実」
スロットルを巡航まで絞り、
高度を保ちながら基地方向へ旋回する。
空戦は、こちらのペースに持ち込めた。
旋回力と上昇力で優位に立ち、
高度優位を生かして「上から下への一撃」を繰り返し、
米軍機の一撃離脱を逆手に取った形だ。
だが、
頭のどこかでは常に、別の計算をしている。
•燃料残量
•自機・僚機の損傷具合
•敵がさらに増援を呼んでいる可能性
•帰路での天候悪化
零戦の操縦席は、前方視界こそ良好だが、
後方の視界は決して広くない。
防弾板も薄く、被弾すればすぐ命に直結する。
「勝てた戦いかどうか」よりも、
「生きて帰れたかどうか」の方が、
この空では何倍も重い。
雲間から射し込む光の中を、二機の零戦が並んで飛ぶ。
僚機の機体に、大きな損傷は見えない。
軽い弾痕がいくつか刻まれている程度だ。
『……一番、おつかれ。今日はついてたな。』
「運も腕のうち、ということにしておこう。」
胸ポケットに差した小さな鉛筆とメモ帳。
帰ったら、
燃料消費と弾薬残量、戦闘時間と高度の推移、
敵の隊形と反応を、
できる限り細かく記録するつもりだ。
次に飛ぶとき、今日の経験が
「また一機、余計に生き残る」ための糧になるかもしれないからだ。
零戦は、静かに、しかし確実に基地へと向かっていく。




