第145章 攻城と海戦の“工学化”:張力・ねじり・質量・速度の時代(兵器31〜40)
――「都市は武器となり、武器は都市を破壊するために進化した」
南條講師
夕暮れ前の新寺子屋第2講義室。
重い雲。
雨の匂い。
空気にわずかな緊張が混じっている。
今日は、石・青銅・鉄が「歩兵の時代」を築いたあと、
初めて“都市そのもの”を破壊しようとした兵器の章だ。
南條は教卓に立ち、黒板に大きく書いた。
「攻城戦の工学化」
「――今日扱うのは、
建築・張力・ねじり・重力・流体力学
これらの物理を、戦争に“直接”持ち込んだ兵器群だ。」
ホログラムが点灯し、
巨大な木製のカタパルトが現れる。
緊張して見入る学生たち。
「歩兵が主役だった鉄器時代の次に来るのは、
**“都市を破壊する技術の体系化”**だ。」
野本(静かな声)
「都市を……壊すための技術……」
南條
「そこには、建築技術者、工匠、木工職人、石工――
兵士以外の人間が大量に関与してくる。
戦争が“職能集団の総合戦”へと変わる瞬間だ。」
では、31番から始めよう。
◆31.カタパルト(ねじり式射出器)
― 人類が“距離”を武器にした瞬間
ホログラムに、太い縄をねじり合わせた枠と木の腕、
巨大なスプーンのような射出皿が映る。
南條
「カタパルトとは“張力”ではなく“ねじり”を利用した射出兵器だ。
技術的には、
トーション(ねじり束)=縄を強くねじることで蓄えたエネルギー
を一気に解放して射出する。」
橋本副部長、机から身を乗り出す。
「先生、“バネ”ではなく“ねじり”なんですよね?」
「そうだ。
トーション束に麻縄・動物腱を使用し、
高湿度と温度で性能が変わる。
乾燥すると射出力が落ち、湿気ると性能が上がる。」
富山「え、天気で威力変わるの!?」
「変わる。
だから“攻城戦の天気予報”は超重要情報だった。」
射程:150〜300m。
精度:低いが、“面攻撃”として有効。
野本
「当たらないけど“広く壊す”兵器なんですね……」
「その通り。」
◆32.バリスタ(巨大クロスボウ)
― 精密射撃の怪物
南條は次に、バリスタの構造を表示した。
両側に巨大な弓腕。
中央には長いガイドレール。
ハンドルで巻き上げる。
「バリスタは“ねじり”ではなく“張力”を使う。
つまり、巨大なクロスボウだ。
射出物は矢・石・鉄のボルト。」
橋本副部長
「つまり、射程=張力の関数……?」
南條(頷く)
「張力、弓の長さ、ボルトの質量で決まる。
最大射程は約400m。
精度は、当時の兵器としては破格だ。
城壁の弓兵を狙い撃ちできる。」
富山「ピンポイントで当てるの!?」
「熟練クルーが操作すれば、できる。」
野本
「怖い……“狙われる”ことの恐ろしさ……」
◆33.攻城塔
― “動く建築物”の極致
巨大な木製タワーがスクリーンに現れる。
小宮部長、目が輝く。
「わ……構造美……!」
南條
「攻城塔は、建築そのものだ。
高さ15〜20m、三層構造。
内部は階段と兵士でぎっしり。
外側は濡れた皮革で防火処理。」
富山
「え、これ運ぶんですか!?」
「運ぶ。
車輪は太い丸太。
地面がぬかるむと動かない。
だから攻城軍は“地面の整地”から始める。」
山田
「戦争って……土木だ……」
南條
「戦争は、土木と工学の総合芸術だ。」
塔頂部から橋を城壁に渡し、
重装歩兵が一気に突入する。
亀山
「これ、防御側はどうするの?」
「大抵は“火”だ。
油、ピッチ、燃える藁。
攻城塔は防火処理していても、火攻には弱い。」
◆34.攻城槌
― 質量 × 速度の破壊兵器
スクリーンには、巨大な丸太を吊り下げた装置。
南條
「破城槌とは、
“運動エネルギー(1/2 m v²)を繰り返し叩きつける兵器”
と言い換えてよい。」
橋本副部長
「先生、エネルギー量は?」
南條
「丸太500kg、速度2m/sでぶつけると
約1000〜1200ジュール。」
富山
「え、成人男性10人が殴る以上……!」
「それを数十回叩き込む。
城門は壊れる。」
亀山が現実的に口を挟む。
「槌を振る兵士って……すぐ疲れるんじゃ?」
「だから交代制だった。
攻城槌の運用は、現代でいえば“重量作業班”だ。」
◆35.衝角ラム(海戦用ラム)
― 船体 × 運動エネルギーの“海上戦車”
海が映る。
古代ギリシアの三段櫂船が、
船首に鋭い青銅製の衝角を付けて進む。
南條
「当時の海戦は、
“ぶつける”戦術が主流だった。」
山田
「ぶつける……?」
「船首につけた青銅の衝角を、
敵船の船腹に突き刺し、
“穴を開けて沈める”。
槍ではなく、船が槍になる。」
富山
「スピードはどのくらい?」
「三段櫂船は、最大時速10〜12ノット。
衝撃は大きい。」
小宮部長
「青銅装飾が美しい……」
南條
「美術ではなく“機能美”だ。
船体への固定方法、重量バランス、
すべて緻密に設計されている。」
◆36.投火器(火攻具)
― “火”は古代最大の兵器
スクリーンには、壺に入った油と、点火装置。
南條
「火は、攻城兵器よりも恐れられた。
城壁の木材、攻城塔、門――燃えるものが多すぎる。」
亀山
「そりゃそうよね……燃えるわよ……」
「油壺に布と火種を入れ、城壁に投げつける。
火の粉が広がり、パニックを引き起こす。
心理的効果も大きい。」
野本(小さく)
「人間、火を見ると……逃げます……」
「そうだ。
火攻は“心理兵器”でもある。」
◆37.攻城梯
― 最も“原始的だが必須”の攻城具
南條
「攻城梯は、ただの“長いハシゴ”だ。
しかし、攻城戦では超重要だ。」
富山
「え、なんでハシゴが……?」
「階段状の攻城塔が作れない場合、
最速で城壁に取り付く手段だからだ。」
重子
「死傷率……すごそうですけど。」
「すごい。
梯子を登る兵士は、上から石・矢・油を浴びせられる。
だが、“壁を制した者が戦場を制す”ため、
必ず使わざるを得ない。」
◆38.城壁(多層式)
― 都市が“兵器”へと進化する
南條、黒板に城壁断面図を描く。
「鉄器時代後期から城壁は“多層構造”になる。
・外壁:石積み
・中層:土や瓦礫
・内側:補強材
こうした“複合防御”だ。」
小宮部長
「建築的に、美しいですよね……石の積み方も種類があって……」
「石積みは“耐衝撃”が目的だ。
攻城槌の衝撃を吸収し、全体に拡散させる構造。」
山田がぽつり。
「城……って武器なんだ……」
南條
「その通りだ。
都市そのものが“防御兵器”だ。」
◆39.城門強化(鉄板・複層扉)
― 最も狙われる場所の“装甲化”
「城門は攻撃の第一目標。
だから木の扉に鉄板を貼り、
内部に横木をかけて補強する。」
亀山
「鉄板……高くない?」
「高い。
だからこそ城門は都市の“顔”でもあった。
守る価値があるから、金をかける。」
富山
「攻城槌で壊されても、また直すんですか?」
「そう。
攻城戦は、
破壊 → 補修 → 再破壊
という“工学の殴り合い”になる。」
◆40.海上投射
― 海戦に“射撃”を持ち込んだターニングポイント
トリレームの甲板に据え付けられたバリスタが映る。
南條
「海戦は、ラム突撃だけでは終わらなくなる。
艦上に置かれたバリスタで、敵の船員を狙い撃つ。
これにより、
**“海戦=三次元戦”**へ。」
富山
「海の上で当たるの……?」
「熟練の砲兵なら当てる。
海戦は次第に“射撃戦”へと移行していく。」
野本、静かに言う。
「……戦争が、地上から海へ“広がる”んですね。」
「その通り。
攻城戦も海戦も、
武器の発達によって“戦争の空間”が広がっていく。」
◆南條のまとめ:攻城戦=工学の総合戦
黒板に、太い文字が書かれる。
「攻城戦=兵器 × 土木 × 建築 × 心理」
「攻城戦こそ、
技術・物理・人間心理の総合戦だ。
攻める側は“破壊工学”、
守る側は“建築防御工学”。」
重子
「つまり……都市国家は、技術者を抱えていないと生き残れない……?」
「その通りだ。」
◆質疑応答:暇つぶしサークルの“攻城戦大会議”
●野本
「攻城塔の中って……怖くなかったんですか?」
南條
「暗く、揺れ、外では火が飛び交う。
恐怖はあった。
だが、“隊として動く”ことで心理的負荷を分散した。」
●富山
「カタパルトって、当たるんですか?」
「狙うのではなく、“範囲を叩く”兵器だ。
精度は低いが、心理効果は絶大。
巨大な石が落ちてくるだけで兵士は怯む。」
●亀山
「攻城戦って……お金かかるわね?」
「かかる。
攻城塔の建材費、工匠の賃金、兵站。
攻める側が圧倒的に金を使う。
だから戦争は“富の集中”がないとできない。」
●小宮部長
「城壁の石積み……美しい……
あれ、どういう構造が一番強いんですか?」
「“層積み”と“楔石構造”だ。
衝撃を均等に分散し、崩れにくくする。
攻城側との“知恵比べ”だ。」
●橋本副部長
「衝角ラム、船体の補強ってどうするんです?」
「船首肋骨と龍骨を強化する。
衝角は“船の骨格”が支える。
衝角だけ強くても意味がない。」
●重子
「攻城戦って……社会をどう変えたんですか?」
「都市国家は、
防御施設 → 技術者階級 → 税制度 → 官僚組織
という“国家形成の四段階”を経る。
攻城兵器の発展は国家そのものを育てる。」
●山田
「先生……火攻めって……
火って、どれくらい怖いんですか?」
南條
「炎は、
・熱
・煙
・視界遮断
・パニック
・士気崩壊
すべてを同時に起こす。
古代で最強の“心理兵器”だった。」
山田
「……火、怖い……」
◆終わり:攻城は“文明対文明”の戦い
南條は最後に黒板に書いた。
「都市が強くなる → 兵器も強くなる → 文明が拡大する」
「攻城兵器は、単なる破壊装置ではない。
その背後には、
建築、数学、木工、土木、心理学――
文明のすべてが詰まっている。
次は――
“中世騎士、長弓、クロスボウ、トレビュシェット”。
身分制を破壊した武器たちだ。」
教室がわずかにざわつく。
野本は小さく息を呑んだ。
「――第4章、終わり。」




