第129章 ■特別補講:火薬の誕生と世界拡散史
(TACTICUS-SIMの講義室。
前章、中世VRでくすぐったさ・痒さ・臭さ地獄に巻き込まれたメンバーが、
クタクタになって椅子に沈んでいる。)
南條(淡々)
「さて、火薬革命に進む前に、
“そもそも火薬はいつ・どこで・誰が発明したのか”
を整理しておきます。」
野田
「先生……今日は爆発とかないですよね……?」
南條
「今日は爆発はしません。」
亀田
「“今日は”って言ったよこの人……!」
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■第1節 最初の火薬は中国の“医薬品の副産物”
南條が黒板に3つの材料を書き出す。
硝石(KNO₃)
硫黄
木炭
南條
「火薬は、この三つを混ぜるだけでできます。
初めてこの組み合わせが記録に現れるのは
9世紀の中国・唐の時代です。」
●記録:『太上聖祖秘訣』
●用途:不老長寿の薬(道教の錬丹術)
南條
「火薬は“永遠に生きたい”と願った人々が
錬丹術の実験で偶然つくった副産物です。」
富沢
「えっ、不老不死の薬を作ろうとして爆発した……?」
南條
「はい、よく燃えました。」
野田
「淡々と恐ろしい事を……」
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■第2節 中国での改良 ― “黒火薬”の確立と軍事化
南條
「初期の火薬は“混ぜただけ”で弱かったのですが、
宋(960年〜)で大きく進化します。」
黒板に配合比率の表が描かれる。
●宋代の改良
•配合比率が最適化(硝石70%前後)
•火薬の安定性が増す
•鉄製容器に詰めて“爆裂弾(震天雷)”が誕生
•火槍 → 原始的な火炎投射器
•さらに 火箭(ロケット矢) も登場
南條
「火薬が“兵器”になるプロセスは
① 比率の最適化
② 金属容器
③ 推進力の利用
の三段階です。」
部長
「火薬って、いきなり銃や大砲になるわけじゃないんですね……」
南條
「ええ。最初は“火のついた槍”でした。」
亀田
「火のついた槍……絶対イヤ……」
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■第3節 火薬の“世界拡散” ― シルクロードを通じて西へ
南條
「火薬は中国で誕生しましたが、
10〜13世紀の間にユーラシアを横断していきます。」
黒板に矢印が描かれる。
中国 → 中央アジア → イスラム世界 → 欧州
●イスラム世界での技術吸収
•早い段階で“完全国産化”
•科学者アル=ラージーらの実験で純度向上
•火薬の製造法が体系化
•金属加工技術と結合し、大型火砲へ発展
●モンゴル帝国が拡散の触媒
南條
「13世紀、モンゴル帝国の征服戦が
火薬技術を西へ運びました。」
野田
「え、モンゴル軍が火薬使ってたんですか?」
南條
「正確に言うと、
征服した国(中国・ペルシア)の従軍工匠が使っていました。」
富沢
「人材の“世界移動”ってことですか?」
南條
「はい。戦争は“技術者の強制移動”でもあります。」
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■第4節 ヨーロッパへの到達 ― “科学としての火薬”
南條
「14世紀にはヨーロッパで
火縄銃 と
木砲・鉄砲 が出現します。」
●ポイント1:金属加工技術の発達
ヨーロッパは中世末期に金属精錬が急発達していたため
“重い大砲”の製造に最適だった。
●ポイント2:戦争スタイルが“城壁依存”
ゴシック城塞は火砲に弱く、
火薬は急速に“攻城の主役”になる。
●ポイント3:ギルド体系
火薬・砲身・車輪などの製造ギルドが成立し、
品質が急上昇。
南條
「その結果、ヨーロッパでは
“火薬を工学的に扱う”文化が生まれました。
ここが中国・イスラム世界と決定的に違う点です。」
部長
「文化差で技術の方向性が変わるんですね……」
南條
「兵器は“社会の鏡”です。」
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■第5節 決定的転機:“大砲が城壁を破壊した日”
南條
「火薬の軍事史で最大の事件は――
1453年 コンスタンティノープルの陥落です。」
●オスマン帝国の巨大大砲“バシリカ砲”
•重量:約16トン
•射程:1〜1.5km
•1発の石弾:300〜500kg
南條
「この砲撃で、中世の“城壁文明”は終わります。」
野田
「そんなの、逃げ場なくないですか……?」
南條
「逃げ場はありません。
だから国家は軍隊・税制・要塞化を整備するしかなかった。」
富沢
「火薬って……怖いだけじゃなくて、
社会ぜんぶ変えちゃうんですね……」
南條
「兵器とはいつも“社会システムそのものを作り替える技術”です。」
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■第6節 質疑応答 ―「火薬はなぜ中国で生まれたのか?」
●野田
「先生、なんで火薬は“中国だけ”で生まれたんですか?」
南條
「材料の入手性と、何より“錬丹術文化”があったからです。
硝石・硫黄・木炭が豊富で、
薬物実験文化が非常に発達していました。」
●富沢
「中国発なのに、なんで“ヨーロッパで”大砲が発展したんですか?」
南條
「理由は三つです。」
1.金属加工技術が突出していた(鉄砲が作りやすい)
2.中世末期の城壁文明が“砲撃に弱い”という構造的事情
3.ギルドが品質管理をして“工業製品化”できた
●亀田
「モンゴルの拡散って、そんなに大きいんですか?」
南條
「“巨大な物流ネットワーク”ができたので、
火薬・製法書・技術者が爆速でユーラシアを移動しました。
いわば“中世のグローバル化”です。」
●部長
「火薬って、良し悪し以前に“不可避”なんですね……」
南條
「ええ。
火薬がなければ、世界史は“中世の延長線”に留まっていたでしょう。」
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■第7節 講義まとめ ― 火薬は“技術”ではなく“文明の転換点”
南條
「整理します。」
■火薬の発明史まとめ
1.9世紀・中国の錬丹術が発端
2.宋で改良され、黒火薬化(兵器化)
3.シルクロードとモンゴル帝国がユーラシアへ拡散
4.イスラム世界で科学的吸収・精製技術向上
5.欧州で“工学+戦術体系”として再発明
6.1453年に“城壁文明”を破壊 → 近世へ突入
南條
「これで“火薬の誕生と拡散史”は押さえられました。
では次に、
第3章:火薬革命 ― 筋力の時代から化学反応の時代へ
に進みます。」
野田
「……なんか、歴史って怖いですね……」
南條(淡々)
「兵器史とは“文明が何を恐れ、何を欲したか”の記録です。」
富沢
「名言だけど重い!!」




