第123章 城壁都市の歩兵戦と「古代の航空戦力」戦車
(講義室。小泉は前回の板書を残したまま、静かに新たな図を描く。)
小泉悠
「さて、第2章では古代兵器の二つの典型――
“城壁都市の歩兵戦”を生んだメソポタミアと、
“戦車弓兵”という異質な機動戦力を完成させたエジプト――
この対照的な二文明を取り上げます。
実はこの二つは、古代兵器史の“パラレルな出発点”みたいなものです。
片方は“地上に根ざした戦争”、もう片方は“機動力が支配する戦争”。
どちらが優れているかではなく、
その文明が抱える環境や政治制度の違いが、武器体系を分岐させた
という点が重要です。」
(板書:
メソポタミア=城壁都市・歩兵
エジプト=戦車・合成弓)
■ 1. メソポタミア:城壁都市が生む“歩兵中心”の軍事世界
小泉
「メソポタミアは平原地帯で、しかも都市が互いに近接しています。
水利権、農地、交易路……争点はほぼ“都市対都市”の領土問題。
だから戦争は短期で、春〜夏の農閑期に集中した。
すると必然的に、動員されるのは“農民兵”が中心になる。
彼らに複雑な訓練はさせられませんから、
盾+槍の密集歩兵が最も合理的でした。」
(板書:農民兵 → 短期出征 → 槍+盾の単純構造)
「メソポタミア兵の特徴として、
・大型の木盾
・長槍
・青銅の短剣
・皮革の兜
これらが基本装備。
城壁に近づくためには盾が必須であり、
また防御の陣形が重要になる。」
■ 歩兵中心の理由は“地理+社会+工業力”
小泉
「ここで重要なのは、なぜ彼らが騎兵や戦車でなく“歩兵中心”だったのか。
これは地理と社会構造、そして冶金技術が決めています。
メソポタミアは地形が柔らかい沖積平野で、
初期の馬車や戦車が高速で走るのに適していませんでした。
湿地帯も多く、車輪がはまりやすい。
馬もまだ小型で、荷重に弱い。
つまり、騎乗兵器を主力化できる条件が整っていなかったんですね。
結果として、
・歩兵
・弓兵
・投石兵
・初期戦車(運搬用に近い)
といった地味だが安定した兵力構成になった。」
■ 城壁都市がつくる“攻城戦”の軍事革命
小泉
「そしてメソポタミア戦争の核心は“城壁”です。
都市が城壁を持つと、戦争は必然的に攻城戦になる。
そこで破城槌、梯子、投石機が早期に生まれる。
攻城戦は非常にコストがかかるため、
“戦争の長期化”と“王権の強化”がセットで進む。
城壁都市に攻め込むには膨大な資源が必要で、
これが国家の中央集権化を押し上げます。
つまり、メソポタミアの兵器体系は、
戦争 → 城壁 → 攻城兵器 → 国家権力の増大
という連鎖の中で生まれたものなんです。」
■ 2. 古代エジプト:戦車+合成弓=“古代の航空戦力”
(小泉は次のページに戦車の図を描く。)
小泉
「ではエジプト。
こちらはメソポタミアとはまったく違う方向に進みました。
エジプトの軍事は“戦車弓兵”の文明です。
馬2頭で牽引する軽量戦車に、
合成弓(複合弓)を搭載した兵が乗る。
この組み合わせは古代としては異例の破壊力で、
簡単に言えば “地上を走る航空戦力” と呼んでも良い。」
(板書:
合成弓=高張力・長射程
戦車=高速・軽量
→ 機動火力)
「合成弓は反り返った構造で、木・角・腱を積層した複合素材。
短い弓でも強力な張力を得られ、射程150〜200mを達成していました。」
■ エジプトで戦車が強くなった“環境的理由”
小泉
「なぜエジプトが戦車に特化したかというと、
これはナイル川周辺の 地形と環境が完全に戦車向き だったからです。
ナイル流域は
・平坦
・障害物が少ない
・乾燥している
・戦車の足を取る泥が少ない
という“車輪兵器に最適な地形”でした。
そこに合成弓という強力な遠距離火力が組み合わさると、
軸となる戦術は必然的に
高速で接近しながら弓を打ち込み、接触前に離脱する打撃戦術
になる。」
■ 戦車陣形=古代の空爆運用
小泉
「エジプト軍の戦車は“輪形陣”と呼ばれる旋回隊形を多用しました。
大きく円を描きながら走行し、常に矢を降らせる。
これは現代の航空機が“旋回しながら空爆する”戦法に極めて近い。
もちろん装甲は弱いので、接触戦には不向きですが、
相手が歩兵中心なら圧倒的な機動火力を持つことになります。」
■ 対ヒッタイト戦:戦車 vs 戦車の大規模戦
小泉
「この戦車戦力が本格的に試されたのが、
ヒッタイトとのカデシュの戦い(紀元前1274年)。
古代最大規模の戦車戦であり、
数千台の戦車が正面衝突したと言われます。
ただしここで重要なのは、
“戦車の運用思想”が文明ごとに異なることです。
・エジプト:軽量・高速・射撃中心
・ヒッタイト:重量型・衝突力中心
つまり兵器は同じでも、
文明ごとの地理・文化・政治が運用思想を変える。」
──────────────────────
■ 質疑応答パート
──────────────────────
野田(小声)
「エジプトの戦車って、そんなに“航空戦力”みたいなものだったんですか?」
小泉
「比喩としては正確ですね。
現代の航空優勢が陸戦の勝敗を左右するように、
古代では高速機動力を持つ戦車弓兵が戦場の決定権を握った。
もちろん、地形の制約を受ける点は現代の航空戦力とは違いますが、
“接触前の火力投射”という発想は近いものがあります。」
富沢(筆記しながら)
「戦車ってロマンがあるけど、歩兵の方が多く見えるのはなぜ?」
小泉
「これは単純で、歩兵の方が“維持費が安い”からです。
戦車は燃費も悪いし、馬の維持にもコストがかかる。
そのうえ整地された地形でしか力を発揮しない。
だから、戦車中心の軍隊が成立するのは、
国家が十分な富を持ち、なおかつ地理的に恵まれている場合に限られる。」
亀田(腕を組んで)
「メソポタミアは攻城戦、エジプトは戦車戦……
なんか文明ごとに“戦争の得意種目”が違う感じ?」
小泉
「その通りです。
文明の立地条件が、その文明にとって最も合理的な兵器体系を生む。
結果として、互いの“戦争の型”は大きく異なる。」
部長(やや興奮気味)
「じゃあ、もしエジプトがメソポタミアと戦ったらどっちが勝つんです?」
小泉(淡々と)
「状況依存です。
平原で開戦すればエジプト戦車が有利。
城壁都市の攻防になればメソポタミア歩兵が有利。
つまり、
『最強の兵器は地形と状況によって変わる』
というのが古代軍事の基本原則です。」
(静かな間を置いて)
「兵器は環境によって“最適解”が変わる。
それこそが古代軍事の面白さなんです。」




