第116章 《開戦:范陽軍挙兵と唐都の動揺》
(特番「安史の乱 755 LIVE」/第一章 )
(暗転。夜の暇つぶしサークル部室。長机の上に古びた地図と紙コップが散乱している。
突然、緊急速報のジングルが鳴る。)
アナウンサー(落ち着いた声)
「こちら“歴史速報チャンネル”。ただいま唐帝国北辺、范陽より緊急ニュースです。
節度使・安禄山による大規模軍事行動の兆候が確認されました。」
(カメラが切り替わり、部室がそのまま臨時スタジオになった光景が映る。)
◆スタジオ:暇つぶしサークル部室(臨時特設スタジオ)
小宮部長(地図を抱えたまま硬直)
「えっ……反乱とか、そんなの今から? 夜ですよ?」
橋本副部長(地図を必死に貼っている)
「はい部長、とりあえず“ここらへん”が范陽です。たぶん。いや違うかも……」
(地図がずれて貼られ、河北省がなぜかチベットに重なっている。)
山田ディレクター
「橋本さん、その地図だと安禄山が海渡ってますよ。直して。」
(ため息をつきながら、スタッフが地図を直し始める。)
アナウンサー
「それでは現地の野本リポーターにつなぎます。野本さん、聞こえますか?」
◆現地中継:范陽城外・軍営前(夜明け前の暗い空)
(風がうなり、旗が激しくはためく音。
野本リポーターが震え気味に立っている。)
野本
「は、はい、こちら范陽です。
あの、なんというか……あたり一面、兵士と馬と――謎の緊張感で満たされています。
いま私の後ろで、安禄山軍が“完全武装”の状態に入りました」
(背後を、契丹の騎馬隊が矢筒を揺らしながら駆け抜ける。)
富山(音声)
「ひゃっ、馬が近いっ! 野本さん、下がってください!」
野本
「だ、だいじょうぶです!……多分!」
(カメラの亀山がズーム。映るのは、多民族混成の武装集団。
ソグド人の弓騎、突厥系の槍騎、漢人の雑号将、さらには胡服の歩兵まで。)
野本
「こちら、安禄山軍の特徴は“中央とは別世界の軍制”です。
彼らは唐帝国の国軍というより、**“安禄山個人の国家”**に近い構造です。
兵士たちが示す忠誠は唐の皇帝ではなく……“安禄山そのもの”。」
富山(音声)
「野本さん、今ちょっとカッコよかったっす」
◆スタジオ:南條講師の最初の解説
(スタジオが映る。南條講師は椅子に深く腰をかけ、淡々と語り始める。)
南條講師
「この時代、節度使は国境の防衛を任されていましたが、
同時に 徴税権・徴兵権・軍事独断権 を持ちました。
つまり地方が一つの軍事経済圏として独立し始めたわけです。」
小宮部長
「じゃあ……そりゃあ反乱も起きますよね。だって全部自分でできるんですよね?」
南條講師
「ええ。しかも范陽は交易都市で富が集中していた。
安禄山は“金と兵力を同時に持つ男”でした。」
橋本副部長
「店長が売上もレジも人事も勝手にできる状態だ……。そりゃ独立しますよね……」
(スタジオに妙な納得が広がる。)
◆現地:軍の動きをドローンで捉える
(空撮へ切り替わる。橋本副部長が操縦しているが、画面が少し揺れている。)
橋本副部長(無線)
「すみません、風が強くて……でも隊列がよく見えます!」
(画面には、弓兵、槍騎兵、歩兵が縦横に動き、軍旗が翻る。
そのスケールは“国家の反乱”というより“巨大な機動国家”という迫力。)
野本
「ご覧ください。
これは単なる反乱ではありません。“国家同士の戦争”の軍規模です。
彼らはこれから、洛陽へ――そして長安へ向け進軍を開始する見込みです。」
富山
「野本さん、後ろ! 槍が! 槍が近いです!」
(槍騎兵がすれすれを通り、富山が叫ぶが、野本は意外と冷静。)
野本
「大丈夫です、彼らはこちらに興味がないようです……今のところは。」
◆スタジオ:唐都・長安の街角インタビュー映像(事前素材)
(重子が撮った「市民の声」の映像が再生される。)
・「最近の税、ほんとにきついんですよ……」
・「節度使の人たち、怖くて近づけません」
・「京官たちは何してるの?」
・「政治、全部内輪揉めって聞いたよ?」
(街は繁栄しているようで、“ひびの走った繁栄”が透けて見える。)
南條講師
「この状況では、反乱が起きた瞬間、行政が即座に麻痺します。
唐は均田制の崩壊と戸籍逃れで、税制がもう限界だったのです。」
小宮部長
「……つまり、国が中から腐っていた?」
南條講師
「はい。外からの撃力より、内部の脆さの方が致命的です。」
◆現地:安禄山の軍旗が掲げられる瞬間
(再び范陽。夜明けの曙光が地平に広がる。
その中央で、巨大な軍旗がゆっくりと掲げられる。)
野本(震える声)
「……いま! 軍旗が上がりました!
これは、唐への正式な挙兵を意味します!」
(兵士たちが一斉に雄叫びを上げ、馬がいななき、軍列が動き出す。)
富山
「うわ……風圧がすごい……!」
亀山カメラマン
「ピント合わない! もっとゆっくり走ってくれっ!」
(カメラが強引にズーム。兵士の表情には恐れもなく、ただ“破壊を目指す決意”だけが映る。)
◆スタジオ:緊張する中の微妙なズレ
アナウンサー
「安禄山軍、ついに洛陽へ向け南下を開始しました。」
(沈黙。スタッフ全員が緊張した顔になる。)
山田ディレクター
「……これ、今日で終わる取材じゃないですね。」
重子(技術)
「回線の持ちが心配なんですけど……唐代の衛星ってどこ……?」
小宮部長
「あの、広告入ります?」
全員
「入らないよ!!!」
(ただその“ズレた一言”で、重い空気がほんの少しだけ和らぐ。)
◆締め:第一章のまとめ(スタジオ)
(南條講師が、モニターに映る長安・洛陽・范陽を見つめながら口を開く。)
南條講師
「安禄山の挙兵は、
帝国の“傷口に刺さった最後の針”に過ぎません。
唐はすでに、制度と経済と軍事のバランスが崩壊寸前でした。
今日、范陽で上がった一枚の軍旗は、
大帝国が落ちていく音を告げる合図なのです。」
(部室に、静かな緊張が戻る。)
アナウンサー
「以上、第一章《開戦:范陽軍挙兵と唐都の動揺》をお送りしました。
第二章では、洛陽陥落の現地映像をお届けします。」
(暗転。)




