第110章 「ティルス攻囲戦:海上要塞に挑む“7か月密着”」
――前332年・都市と海が燃え、テレビ班は“世界史最難関ロケ”に挑む――
ティルス――
その名を、私たちは現代の教科書で知っていたはずだった。
だが、実際に前332年の現場に立ってみると、
その“異様さ”は、文字で読むレベルを完全に超えていた。
野本は、海風に煽られながらカメラに向かって話し始めた。
「視聴者の皆さま……ここが“ティルス”。
アレクサンドロスが前に進むには、どうしても落とさなければならなかった“海上要塞都市”です……」
そう、“海上”だ。
陸から1キロ以上離れた島に、
巨大な城壁と塔が林立し、
青い海の上に浮かんでいた。
富山
「いやこれ……どう撮れって言うんすか……?
城壁が海の上にあるとか、聞いてない……」
亀山(音声)
「富山くん、風が強いから気をつけてね。ブーム落としたら拾えないわよ」
「それが一番怖い!!」
そこへ、小宮部長が地図を叩きながら早口で指示を出す。
「いい?
今日のミッションは“人工地橋の建設現場を撮る”こと!
アレクサンドロスは海上要塞に陸から道を作る気なのよ!」
野本
「……え、それ狂気じゃないですか?」
重子
「狂気ですが、史実です」
山田
「え、マジの狂気!?」
重子
「マジの狂気です」
山田
「断言しないでください!?」
人工地橋――“コーズウェイ”。
海に土砂と石を大量に投げ込み、
島に向かって巨大な道を築くという前代未聞の作戦。
現代の視点から見ても、摩訶不思議な土木工事だった。
富山
「いやいや、これ工兵のレベル超えてるでしょ……。もう陸上土木じゃなくて、港湾土木ですよ……」
野本
「アレクサンドロスは“土木工事を武器化した男”ってこと……?」
亀山
「まぁ、家を建てるみたいなもんよ。地盤が大事」
富山
「城落とすのに“地盤”って言わないでください!」
橋本副部長は、海風の中でドローンをセットしていた。
「ドローン離陸します。今日は海風が強いので、上空の安定に気をつけますね」
野本
「副部長……強風で墜ちたらどうするんですか……?」
「海底に沈むだけです」
「軽い……!」
しかし、実際に飛ばしてみると――
その映像は圧巻だった。
海の上に、陸から一本の“巨大な舌”のように伸びるコーズウェイ。
兵士たちが石を抱えて並び、海に投げ込み、
砂埃と潮風が混じり合っていた。
小宮部長は息を呑んだ。
「……美しいわ……!」
富山
「部長の“美しい”基準どうなってんですか!? ここ戦争ですよ!?」
その時だった。
ティルス側の城壁から、炎のついた巨大な物体が落ちてきた。
ドォオオオオンッ!
浜辺の前方で、土木兵の一団が吹き飛ばされる。
続けざまに、城壁から矢の雨、投石機の巨石。
富山
「ひえええええ……! 攻撃始まったー!!」
野本
「え、これ……土木工事の現場に、“空から巨石”降ってくるの、普通なんですか!?」
重子
「普通です」
山田
「普通なの!?」
重子
「古代の攻囲戦では、砦側が攻撃手段を全部持っているので、攻め手は常に地獄です」
山田
「言い切った……!」
その後も、コーズウェイ建設は続いた。
日を追うごとに前進し、
城壁に近づくにつれて攻撃も苛烈になる。
ある日――
野本がコーズウェイの先端を取材していると……
ズガァアアアン!
塔の上から落ちた石弾が、ほんの数メートル横に着弾した。
野本
「ぎゃあああああああああッ!?」
富山
「野本さん!? 生きてる!?」
野本
「ま、またですよ……! 石が……私の横に……!」
亀山
「はい深呼吸して〜」
小宮部長
「今の表情すごくよかったわ。緊迫のカットとして採用ね」
「採用しないでください!!」
7ヶ月目――
ついにコーズウェイが城壁直下まで伸びた。
アレクサンドロス軍は、巨大な攻城塔を造り始めていた。
木材を組み上げ、油を塗り、
複数の投石機を塔の上に搭載する。
富山
「いや、これ……現代の重機ないのに、どうやってこんなもん作るんですか……?」
亀山
「手作業よ」
富山
「手作業!?」
小宮部長
「美しい……木組みが……!」
「木組み見惚れるなぁあああ!!」
そして運命の日。
攻城塔が完成し、
マケドニア軍が総攻撃を開始。
巨大な塔が海上の道を進み、
ティルスの城壁に迫る。
野本
「……これが、7ヶ月の末にたどり着いた……“破城の瞬間”……!」
富山
「いや、これ塔の上から火の玉飛んでますよ!?」
亀山
「マイクは生きてるわよー」
小宮部長
「富山くん、塔と城壁の“対称性”を意識して!」
「意識できない!!」
そして――
攻城塔が城壁に突き刺さった瞬間、
世界が揺れた。
ガガガガガッシャアアアアン!!!
城壁が崩れ、白い石が滝のように落ちる。
兵士たちが突入し、怒号と金属音が響く。
橋本副部長
「城壁崩落確認。軍突入……ティルス陥落です」
野本は、瓦礫の下で揺れる海の光を見ながら呟いた。
「……歴史の、ひとつの“都市が消える瞬間”って……
こんなにも……静かなんですね……」
富山
「野本さん……また詩人モード……」
亀山
「でも、そういう感性は大事よ」
小宮部長
「陥落カット、編集で神回になるわ!」
富山・野本
「神回にすんな!!」
陥落したティルスは静かだった。
海上要塞の誇りは砕け、
街の一部は炎を上げ、
兵士たちの影だけが揺れていた。
野本
「……でも、撮ってしまった以上……
これが、歴史なんですよね……」
亀山がそっと肩を叩く。
「そうよ。あなたは“見届けた”の」
そこへ、小宮部長が手帳を閉じながら言った。
「次は“ガウガメラ決戦”よ。
最大級の大会戦だから、みんな準備よろしく!」
全員
「準備よろしくじゃないーーーーー!!!!」
その悲鳴は、海風にかき消されていった。




