第106章 アテネ陥落 ― ロング・ウォールが崩れる日」
―― 古代最大の都市国家の終焉を、テレビクルーが記録した
(紀元前404年・アテネ。
光のない朝。灰色の空に、ひんやりした風が吹いている。
街に人影はほとんどなく、家々の扉は固く閉ざされている。)
■1. “勝利の鐘が鳴らない朝”を歩く取材班
(亀山のカメラがゆっくりと路地を進む。
瓦礫、倒れた壺、破れた布……。
生気のない都市が映る。)
亀山
「……静かすぎる……。
ここ、本当に“民主政の都”だったんですか……?」
富山(音声)
「声……声が反響するくらい誰もいない……。
なんか幽霊の街みたい……。」
(野本、マイクを握り、淡々と語り始める)
野本
「視聴者のみなさん。
アテネは、いま食糧が尽き、
市民の多くは飢餓状態に追い込まれています。
港はスパルタ海軍に封鎖され、
補給は完全に断たれました。」
(背後で、重子が小さくうめく)
重子(ドローン操縦)
「……もうやだ……この空気……精神ゲージが……0……
カフェイン……カフェインがほしい……」
橋本副部長(中継技術)
「古代にカフェインないから!飲んだら時空壊れるから!!」
■2. 飢饉の列に並ぶ市民と、崩れゆく“誇り”
(配給所。
市民たちが細い列をつくり、ぼろぼろの服を着て震えている。)
アテネ市民(老人)
「……何も……何も残ってない……」
アテネ市民(母親)
「パンを……パンを少しだけでいい……子どもに……」
(野本がそっと近づく)
野本
「お子さんの体調は?」
母親
「……弱ってます。
主人は……前線に行ったきり……」
(母親が涙をこぼす)
富山(小声)
「……もう……言葉が出ない……」
小宮部長
「亀山さん……できるだけ優しく撮ってあげて……
記録は残すけど……傷つけたくない……」
(部長の声は震えている)
■3. アテネ議会前 ― “降伏交渉”を中継
(アテネ議会の前に異様な人だかりができている。
その中心に、スパルタ側の使者が立つ。)
野本(解説)
「現在、アテネとスパルタが“降伏条件”を交渉している模様です。
条件は——
・ロング・ウォールの破壊
・アテネ艦隊のほぼ全隻の没収
・民主政の停止
これにより、アテネは“完全な敗北”を認めることになります。」
亀山(小声)
「ロング・ウォールって、あの……ペリクレスが築いた……あの巨大な城壁……?」
野本
「はい。
アテネが海に生き、海で戦った証です。」
富山
「……それ、壊すの……?」
(沈黙が落ちる)
■4. “ロング・ウォール破壊”の瞬間を生中継
(巨大な石壁の前にスパルタ兵と作業員が集合。
大きな掛け声とともに、槌が振り下ろされる。)
ゴオォォォン!!!
(城壁の一部が崩れ、砂埃が舞う)
富山(悲鳴に近い声)
「壊れた……!ほんとに壊してる……!」
重子(泣き声)
「あの……アテネの象徴が……!」
(亀山が、石が崩れる様子をアップで撮る。
その犠牲的な姿勢に、部長が呟く。)
小宮部長
「……芸術だ……
でも……悲しい……
構造美が……崩れていく……」
橋本副部長
「いや部長……それはそれで複雑な感情でしょうよ……!」
(カメラは城壁の瓦礫を映し続ける)
野本
「アテネの“自由への道”は、
いま瓦礫となって消えました。」
■5. スパルタの勝利宣言と、アテネ市民の沈黙
(中央広場。
スパルタの将軍リュサンドロスが、短い勝利宣言を行う。)
リュサンドロス(スパルタ将軍)
「アテネは降伏した。
今日より、この地に平和と秩序が戻る。」
(その言葉に、アテネ市民は誰も歓声を上げない。
ただ膝をつく者、泣き崩れる者、静かに空を見る者。)
亀山
「……反応……ないですね……誰も……」
富山
「そりゃそうだよ……“自由の都”が終わったんだもん……」
重子
「……この空気、もう無理……
帰りたい……喫茶店でアイスコーヒー飲みたい……」
■6. 取材班、それぞれの“心の揺らぎ”
(クルーは広場の端に集まり、疲れ切って座り込む)
亀山
「……こんな都市の終わりを見ることになるなんて……。
アテネって……文明の象徴じゃなかったんですか……?」
野本
「文明でも、
戦略を誤り、
政治を誤り、
判断を誤れば——
都市は滅びます。」
(全員が息を呑む)
富山
「……なんか……野本さん……
ここぞという時、言葉の破壊力がすごい……。」
橋本副部長
「でも、真理だよね……戦争って……勝ってる時は気づかないけど、
負け始めると、一気に全部崩れる……。」
小宮部長
「芸術もそうですよ……。
完璧に見える構造は、
ひとつの破綻で一気に崩れる……」
重子
「部長のメンタルも崩れないで……」
■7. 現代スタジオ ― 歴史的総括(山田)
(スタジオに切り替わり、山田が静かに語る。)
山田
「アテネ陥落は、古代ギリシアの政治モデル“民主政”の大きな危機でした。
しかし同時に、この崩壊から、
哲学・倫理学・政治学が大きく発展します。
ソクラテスの裁判、プラトンの思想、アリストテレスの体系化——
全ては“アテネが負けたからこそ”生まれたのです。」
(VTRの向こうで富山のツッコミ)
富山
「山田くん、最後まで淡々と歴史語るのやめて!
感情どこいったのよ!!」
山田(真顔)
「NHKなので。」
■8. 最後の中継 ― “都市国家の終わり”を見送る
(アテネの丘の上に立つパルテノン神殿を、夕暮れが照らす。
クルー全員が黙ってその光景を見つめる。)
野本
「アテネは敗れました。
しかし、その文化、思想、哲学は滅びませんでした。
ロング・ウォールが崩れ、
民主政が潰えた瞬間にこそ——
新たな文明の芽が育ちはじめたのです。」
(亀山、カメラを下ろす)
亀山
「……帰りますか。」
重子
「帰ろ……ドローン充電ないし……」
橋本副部長
「ケーブルも全部ボロボロだし……」
富山
「もう喋る気力も……ない……」
小宮部長
「……でも、最高のロケでした……。」
全員
「そこ!?」
(フェードアウト)
■エンディング・ナレーション(野本)
「ペロポネソス戦争——
勝者も敗者も、
歴史に残るのは“人間の選択”である。」




