第102章 「アテネ防衛戦、開始」
―― ロング・ウォール前からの緊急中継
(紀元前431年・アテネ郊外。朝の薄い光のなかで、巨大な城壁がゆっくりと目覚めるように影を伸ばしている。
カメラが揺れ、砂埃の匂いと人々のざわめきがマイクに乗る。)
■1. 現地導入——“タイムスリップ取材班”、アテネへ
亀山
「はいっ……(息切れ)……こちら、アテネのロング・ウォール前……。重装歩兵が多すぎて、三脚立てる余地がありません!」
富山(音声)
「ちょっと亀山さん!ケーブル踏んでるって!ホプリタイのサンダル、めっちゃ丈夫なんだけど!? これ紀元前だけど安全靴レベルだよ!」
(画面がグラッと揺れる)
野本
「……失礼しました。皆さん、紀元前431年のアテネからお伝えします。
現在ここでは、スパルタ軍侵攻に備え、アテネ市民が続々とロング・ウォール内部へ退避しています。」
(背後を、大きな荷車を引く家族が通る。山羊を連れた老人が野本のマイクをしげしげと見る。)
老人
「……その棒は何じゃ?」
野本
「ええと……“声を大きくする魔法の道具”です。」
富山(音声)
「野本さん、それ完全に怪しい人じゃん!」
(老人、納得したように頷き、山羊とともに城壁内へ去る。)
■2. 城壁前の混雑――人口3倍化のリアル
(カメラがパンし、アテネ市民が恐怖と焦燥の表情で城壁の門に殺到している様子を映す。)
亀山
「すごい……人口がぎゅうぎゅうに……まるでライブ会場の入場待ちですよ、これ。」
富山
「いやライブより密だよ!密の三乗くらいだよ!てか汗の匂いでマイク壊れるんじゃないの!?」
(野本、まっすぐカメラを見て)
野本
「アテネは、スパルタに対抗するため“籠城戦略”を選びました。
地上ではスパルタの重装歩兵には勝てません。
しかしアテネは海軍力と交易力に強みがあります。
城壁内に避難しながら海上作戦で敵を疲弊させる——それがペリクレスの戦略です。」
亀山
「(小声)野本さん、まじめ解説がNHKっぽすぎて逆に面白いです……。」
■3. 住民インタビュー(混乱と誤解)
(野本、若い女性にマイクを向ける)
野本
「避難生活で一番困っていることは?」
アテネ女性
「水よ!水が足りないのよ!それと……ねぇ、その服、どこのポリスの民族衣装なの?」
野本
「現代……いえ、遠い国です。」
富山
「いや“現代”って言っちゃダメでしょ!時空ゆがむから!いや知らんけど!」
(次に別の市民が寄ってくる)
市民
「おい、お前ら。デロス同盟の人間か?それともスパルタのスパイか?」
橋本副部長(中継技術)
「いやいやいや!うちは“日本国営放送”です!」
おじさん
「ニホンコク……?聞いたこともない同盟だ……!」
(そのまま人混みに消える)
亀山
「副部長、“国営放送”はちょっと誤解を招く……!」
■4. スパルタ軍の接近――ファランクスの圧力
(画面が切り替わる。重子の操縦するドローン映像。
アテネ郊外に整列するスパルタ重装歩兵の隊列が映る。)
重子
「はい、現在ドローン高度30メートル……お、やばい、スパルタ兵がこっち見た!」
(兵士が槍を掲げ、石を投げてくる)
重子
「うわっ!石飛んできた!ドローンに石って何!?紀元前の対空兵器!?」
富山
「落とされたら経費どうなんの!?」
小宮部長
「重子、もうちょっと寄って!あの盾の模様が黄金比なんだよ!」
重子
「この状況で黄金比!? 無理です部長!殺されます!」
(ギリギリの距離でドローンがファランクス陣形の真上を横切る)
野本(解説)
「これがスパルタ軍の強さの源とされる“密集戦闘隊形=ファランクス”です。
重装歩兵が盾を重ね、一体となって前進することで、正面衝突戦で他都市を圧倒してきました。」
亀山(感嘆)
「迫力すご……。これ、生で見ると“壁”って感じですね。人の壁。」
富山
「ていうかその壁、こっち向かって来てるんだけど!?」
■5. アテネ市内へ――ロング・ウォールの内部
(チームが城壁門をくぐり、市内に入る)
(内部の雑多なマーケット、牛の鳴き声、そこかしこで煮炊きをする人々の煙……
画面は戦争の緊迫感よりむしろ“圧倒的生活の密度”を映す。)
野本
「ここが、アテネが誇る“長い城壁”の内部です。
港ピレウスまで続くこの城壁のおかげで、アテネは海から物資を供給できます。」
亀山(撮影しながら)
「なるほど……つまり陸路は閉ざして、海路だけで生きると……。」
山田(スタジオ・冷静解説)
《VTRに被せる形で》
「はい。これは“攻守の反転”とも言われます。
陸に弱いアテネが、海の優位を最大化するために選んだ戦略ですね。」
富山(小声)
「山田くんさぁ、なんで映像に合わせて突然しゃべるの?
スタジオにいるのに現場に干渉してくる幽霊みたいだよ……。」
山田(真顔)
「NHKなので。」
■6. 市民の不安とペリクレスの影
(ペリクレスの演説準備が行われている広場へ)
(兵士の鎧、議会の使者、書記官が慌ただしく動く)
野本
「これから、アテネ指導者ペリクレスが市民に向けて演説を行うようです。」
重子
「人多っ!いやほんと、これ集まってるけど大丈夫?感染症とか起きない?」
富山
「重子、その心配伏線だから……やめて……」
■7. スタジオ総括(山田)
(現代スタジオ)
山田
「アテネは、軍事的には不利でも、海軍力と財政で長期戦を戦えると考えていました。
しかし、この人口集中は衛生問題や物資逼迫を引き起こし、後に“都市崩壊への第一歩”となります。」
重子(VTR越しに)
「山田くん、なんか嫌なこと言ってる……」
■8. 次章への引き
(現地・野本のアップ)
野本
「アテネは、戦略的に“勝つための合理性”を選びました。
しかし、その選択は、市民生活のすべてを犠牲にするものでもありました。
次章では、この籠城戦略の裏側——
**都市に蔓延する“正体不明の病”**について取材を続けます。」
(背後で子どもの泣き声、牛のいななき、鍋の煮える音が混ざり、
アテネの“生活の雑音”が不穏に膨らむ。)
富山
「野本さん……これ、完全にフラグですよね……?」
亀山
「いやもう疫病の気配がプンプンしてる……」
小宮部長
「でも絵(映像)は最高にいい……!」
(チームの不安と、部長の芸術脳が奇妙に交錯したまま、画面がフェードアウト)




