第82章 「沖縄戦闘行動評価報告書」
D-152 防衛省市ヶ谷庁舎・作戦評価会議
地下会議室の長机の上に、分厚い紙ファイルが積まれていた。
それは「沖縄戦闘行動評価報告書」——台湾有事を想定した全戦闘データの精査結果だ。
情報本部作戦分析官が資料を開き、静かに報告を始めた。
「沖縄戦に投入された海自部隊のうち、4ヶ月間の継続戦闘を経験した乗員は112名。
その中で、交戦中に被弾後も任務継続したCIC要員、甲板員、機関員は全体の2割強。
この“持ちこたえた者たち”の判断と行動パターンは、未経験者とは顕著に異なっていました」
スクリーンに、戦闘未経験者と経験者の反応時間比較グラフが映し出される。
初弾着弾時の指令受領から初動行動までの平均差は約6.2秒。
分析官が指し棒で示す。
「6秒あれば、敵超音速対艦ミサイルはさらに6〜8km接近します。つまり、この差は命取りです」
海幕長が椅子にもたれたまま口を開く。
「未経験者を座学やシミュレーターだけで実戦レベルに引き上げるのは不可能だ。
では誰が教える?」
統幕教育部長が資料を置き、短く答える。
「沖縄戦を生き延びた者たちと、昭和20年の大和乗員です」
会議室に一瞬、静寂が落ちた。
大和乗員の多くは現代兵器の知識を持たない。だが彼らは、砲弾や爆撃の雨の中で動き続けた経験を持つ。
そして沖縄戦を戦った現代の海自乗員は、最新システム下での戦闘経験を持つ。
教育部長は続けた。
「この二者をペアにし、未経験部隊の訓練教官として配置すれば——
“戦う感覚”と“現代戦術”を同時に叩き込めます」
海幕長がゆっくり頷く。
「よし、その方針で行く。次のD-150会議で配属先を決める」
机上のファイルが閉じられた瞬間、戦後日本の海軍教育方針は大きく舵を切った。