二つのアメリカ・後編――敵か、未来の同胞か
昭和二十年四月十九日、早朝。
マリアナ諸島テニアン島東方約二百海里。深度百二十メートル。
海上自衛隊のそうりゅう型潜水艦「そうりゅう」は、AIPによる超低速潜航を続けながら、暗い海中で静かに機会を待っていた。
発令所。赤色灯の下、水測長がヘッドセットへ神経を集中させる。
「アクティブソナーの探信音と複数のスクリュー音。米海軍ブルックリン級軽巡洋艦一隻、フレッチャー級駆逐艦三隻。距離一万四千ヤード、接近中」
竹中二等海佐が低く問う。
「捕捉された兆候は」
「ありません。敵の探信パターンに変化なし」
「伊五十八は?」
「事前に送った海域情報に従い、南西側の待伏位置へ進出。発射管注水を終え、最終接近中と思われます」
そうりゅうは伊五十八へ詳細な雷撃諸元を送り続けているわけではなかった。両艦の装備に互換性はない。
そのため事前に取り決めた、ごく単純な音響符号だけを使う。
敵の存在。概略方位。針路変更の有無。
それだけだった。
最後に敵を見るのは橋本以行中佐自身の潜望鏡であり、魚雷を当てるのも一九四五年の潜水艦乗りの技量だった。
竹中は静かに告げた。
「我々は獲物を見つける。撃つのは彼らだ」
数分後。
遠方から、海水を通じて鈍い発射音が連続して届いた。
伊五十八から放たれた六本の九五式魚雷だった。
軽巡洋艦の見張員が異変に気づいた時には、すでに遅かった。
右舷前部で巨大な水柱が立った。
「雷撃――!」
直後、第二の爆発。
船体外板が大きく裂け、前部区画へ大量の海水が流れ込む。艦は急激に右舷へ傾斜した。
護衛駆逐艦はただちに散開する。
二隻が生存者救助へ向かい、残る一隻がアクティブソナーを乱打しながら爆雷攻撃へ移った。
「爆雷投下音!」
そうりゅう発令所に緊張が走る。
竹中は表情を変えない。
「伊五十八とは逆方向へ離脱。速力は上げるな。躍層下を維持」
海上では被雷した軽巡が火災と浸水を広げながら次第に傾きを増し、十数分後、その姿を波間へ沈めた。
多数の乗員が海面へ脱出し、駆逐艦が救助を開始する。
そうりゅうは撃たなかった。
未来の魚雷を一本も消費せず、ただ敵を見つけ、過去の潜水艦へ一度だけ好機を渡した。
それだけで、テニアンへ続く米軍海上交通路に、新たな脅威が刻み込まれた。
***
同じ頃。
原子力空母「ロナルド・レーガン」。
飛行甲板前部には巨大な破孔が開き、消火班が黒煙の中を走り回っていた。
大和の四十六センチ砲撃は数度の修正射を経て空母を夾叉し、そのうちの一発が偶発的に飛行甲板前部へ命中したのである。
「一番、二番カタパルト使用不能!」
被害管制士官が報告する。
「残るカタパルト自体は生きています。しかし、甲板上の火災、破片、損傷機が進路を塞いでおり、現状では固定翼機の安全な発艦運用は不可能です!」
ウェルズ艦長は唇を噛んだ。
「敵は大和だけではない」
情報士官が答える。
「はい。大和単独では、この距離で我々を捕捉し続けることはできません。海自艦艇群のセンサーと電子戦ネットワークが、あの戦艦に目を与えています」
数日前まで共同訓練を行っていた海上自衛隊。
その戦術思想も、センサー運用も、米海軍は知っている。
だからこそ、その相手が敵側へ回ったことの意味を、ウェルズは理解していた。
「これ以上ここに留まれば、次は偶然では済まん」
彼は決断した。
「護衛艦艇は対空・対潜警戒を再構成。本艦は安全速力で戦域離脱を開始する。損傷評価後、増速する」
巨大空母は黒煙を曳きながら、ゆっくりと東南東へ艦首を巡らせた。
「まや」のCICでは、その航跡を確認した三条律二尉が短く息を吐いた。
「敵空母、離脱開始」
高梨艦長は頷く。
「勝ったと思うな。向こうには帰る港も、補給もある。我々にはない」
海図の上では、座礁した「むらさめ」と「矢矧」、首里の第32軍、戦艦「大和」、そして遠くマリアナ海域から離脱する「そうりゅう」と伊五十八が、それぞれ別々の戦いを続けていた。
未来の艦隊が与えたものは、無限の火力ではない。
敵をより早く見つけ、限られた一発を撃つべき瞬間を選ぶ力だった。
だが、その力を支える燃料も、弾薬も、電池も、機械も、確実に減り続けている。
時間だけが、容赦なく彼らを追い詰めていた。




