第12章 座礁艦隊:陸の要塞
シュガーローフ再攻撃に備える作戦会議が続く中、山名三尉はさらなる提案を試みた。それは、陸軍の士官たち、そして旧日本海軍の将兵にとっても、前代未聞の奇策だった。
「長参謀長。海上自衛隊からの情報分析により、米軍は海からの精密な艦砲射撃に加え、艦載機による低空からの攻撃を強化する傾向が見られます。特に大和の随伴艦艇は、対空能力こそ備えておりますが、現代の対艦ミサイルには到底及ばず、対艦攻撃の的となる可能性が高いと判断しております」山名は、厳しい現実を突きつけた。
長参謀長は眉をひそめた。「では、それらの艦は撤退させるというのか?しかし、それでは大和の防衛が手薄になる」
「いえ、そうではありません」山名は端末を操作し、沖縄本島の海岸線を示した。「提案いたしますのは、大和に随伴する駆逐艦『朝霜』、『霞』、そして軽巡洋艦『矢矧』の全艦を、意図的に沖縄本島沿岸の、シュガーローフに最も近いビーチに座礁させることです。これらの艦艇は、対艦攻撃の的となるよりも、その強固な船体を陸上要塞として活用する方が、はるかに有効だと考えます」
作戦室に沈黙が落ちた。艦艇を自ら座礁させるなど、海軍の常識ではありえない発想だった。駆逐艦の艦長たちは、信じられないという顔で山名を見つめた。艦を失うことは、軍人にとって最大の屈辱に等しい。
参謀もまた、驚きを隠せない様子だったが、山名の意図を探るように視線を向けた。
山名は説明を続けた。「座礁させた艦艇は、その主砲、副砲、そして備え付けの高角砲を、陸上からの対砲兵陣地として機能させることが可能です。特に、対空砲は、低空で飛来する航空支援に対する強力な防衛網となります。また、艦内の兵員は、陸上戦闘員として、丘陵地帯に隠蔽された陣地から狙撃や伏兵攻撃を行うことができます。これは、敵の側面に展開する新たな防御線を構築するに等しい効果をもたらします」
「座礁艦を、陸上陣地にする、と……?」長参謀長が呟いた。その顔には、驚きと同時に、この奇策が持つ可能性への戸惑いが混じっていた。陸軍の視点から見れば、海軍の艦艇が陸上戦力となることは、これまでにない発想だった。
参謀は深く息を吸い込んだ。「その発想は、我々にはなかった。だが、確かに理にかなっている。艦が海の藻屑となるよりは、最後まで戦力として活用する方が、兵の命も生かせる」彼は、決断の表情を見せた。「山名三尉、その作戦、受け入れよう。片倉大佐に伝えよ。そして、その『未来の艦隊』の総力を挙げて、我が陸軍の支援に回ってほしい」
こうして、歴史上ありえない「座礁艦隊」作戦が発動された。
1945年4月14日、払暁。
夜闇が明ける頃、沖縄本島南部の海岸線に、異様な光景が広がっていた。駆逐艦「朝霜」、「霞」、そして軽巡洋艦「矢矧」が、自らの意思で砂浜に乗り上げ、座礁していた。艦底は砂に深く食い込み、船体は陸側へわずかに傾いている。座礁に際しては、海自護衛艦「むらさめ」が曳航支援を行い、慎重に浅瀬へと誘導した。
座礁した各艦では、海軍兵士たちが迅速に陸上戦闘の準備を進めていた。対空砲は高角に固定され、陸からの攻撃に備え、主砲・副砲はシュガーローフ方面へと指向された。艦内からは、小銃を抱えた水兵たちが次々と上陸し、陸軍の兵士と共に海岸線と丘陵地帯の間に新たな防御陣地を構築していく。彼らの顔には、艦を失った悲しみよりも、最後まで戦い抜くという決意が宿っていた。
「未来の艦隊」である海上自衛隊の護衛艦群は、沖合から座礁艦隊を援護し、米軍艦載機の接近を電子戦で妨害。F35Bは上空から監視を続け、陸上兵力となった海軍将兵の展開を支援した。
シュガーローフの丘陵地帯に目を凝らす米軍の偵察兵は、海岸線に突如現れた動かない日本の艦艇の姿に、目を疑った。それは、沈められたはずの艦艇が、まるで幽霊のように甦ったかのような異様な光景だった。彼らはそれが、日本軍の新たな、そして不可解な防衛線となることを、まだ知る由もなかった。
い。