第57章 深海の探索:届かない思い
沖縄本島・読谷沖、水深30メートル。海底に広がる米軍上陸部隊の残骸を前に、有馬艦長は浮力を抑えた中性浮力の姿勢で、ホバリングのままじっと動かなかった。
薄曇りの空を透かして届く光は弱く、ライトの照射範囲以外は暗く沈んでいる。
彼の目に映るのは、腐食したM4戦車の車体フレーム、ねじれたLVTのクローラー、散乱する弾薬箱――
背後で、「シュコッ、シュコッ」という規則正しい呼吸音が聞こえる。フルフェイスマスク越しに、竹中二佐が水中ライトをゆっくり左右に振り、有馬に合図を送った。
「艦長、移動しましょう」。それは、水中ハンドシグナルに代わる、簡潔な意思表示だった。
浮力を微調整しながら、彼らは“次のポイント”へと移動した。
「ここからはペア潜行に移ります」
永田三佐が水中ホワイトボードに記し、バディ分けの指示を出す。
水温は22度。底潮はゆるやかだが、数時間前に通過した前線の影響で、海底には目に見えない微細な濁りが漂っていた。その濁りの中、二人は慎重に海底の起伏を辿って進む。
錆びついた碇の一部、識別不可能な装甲鋼板、そして薬莢――戦後80年の海がすべてを覆い隠していた。
竹中が、ホワイトボードに記す。
「この海域、砂の堆積が激しいようです。」
永田三佐が遠くで大きく両腕をクロスさせた。「NO CONTACT(痕跡なし)」の合図だ。
秋月一佐も、別方向から戻り、首を振る。駆逐艦「雪風」のスクリューすら見つからない。「いずも」の艦橋どころか、ケーブル一本すら。
有馬は、光の届かぬ砂地に膝をついた。
――そこに何かがあったような気がした。だが、触れるものも、見るものも、何もなかった。
彼らが帰還した世界は、元いた世界線とは違っていた。
「我々がここで戦った記憶は、この海に刻まれていない」
言葉にはしなかったが、その事実は、ゆっくりと胸を締めつけていた。
圧力計が残りエア30分を告げる。
浮上の準備が始まる中、有馬は最後に、砂地の一角に手を伸ばした。そこに埋もれていたのは…




