第55章 海中戦跡巡り
翌朝、彼らを乗せたワゴン車は、那覇から北へ向かった。目指すは、かつて米軍が上陸した読谷村の海岸。
車窓からは、エメラルドグリーンに輝く海が広がり、遠浅の砂浜が太陽の光を浴びて白く輝いている。80年前、この穏やかな海と砂浜が、激戦の舞台となったとは想像もできないほどの静けさだった。
一行は、地元のダイビングショップでウェットスーツに着替え、重い酸素ボンベを背負った。海自の記憶保持者たちは手慣れた様子だが、有馬艦長をはじめとする大和の乗員たちは、初めての水中体験に、どこか緊張と畏怖の念を抱いているようだった。
「今日は、特にゴルファービーチと呼ばれるエリアをご案内します」
ベテランガイドの仲村渠は、彼らを乗せたダイビングボートで、穏やかな波間を滑るように沖合へと向かった。ボートのエンジン音が止まると、聞こえるのは静かな潮騒と、遠くの波打ち際の音だけだ。
「この辺りは、米軍の上陸地点の一つであり、今でも当時の水陸両用戦車(LVT)や、ジープ、ドラム缶などの残骸が、海底に眠っているんです」
彼女は、そう説明しながら、エントリーポイントを示すブイを海面に投下した。
有馬は、深呼吸をして、ゆっくりと海へと身を投じた。冷たい海水がウェットスーツの中に流れ込み、全身を包み込む。潜降していくにつれて、光の屈折で揺らめく水面が遠ざかり、深い青の世界が広がっていく。カラフルな熱帯魚たちが、サンゴ礁の間を縫うように泳いでいる。
水深10メートルほどの砂地に降り立つと、仲村渠は水中ライトで、巨大な塊を照らし出した。
それは、原型を留めないほどに錆びつき、フジツボや海藻に覆われた水陸両用戦車(LVT)の残骸だった。キャタピラは千切れ、車体は大きく歪んでいるが、その無骨なシルエットは、かつてこの海を乗り越えようとしたであろう鋼鉄の意志を今に伝えているようだった。
さらに進むと、砂の中に半分埋もれたジープの骨組みが見えてきた。車体は腐食し、原型を辛うじて留めているだけだが、タイヤの跡らしきものが、海底の砂の上にうっすらと残っている。近くには、無数の薬莢や、穴の開いたヘルメットが散らばり、当時の激戦を物語っていた。
有馬は、その残骸の一つ一つに、静かに近づき、手を伸ばした。ザラザラとした錆の感触、冷たく重い金属の塊。それは、80年前、この海で命を落とした兵士たちの記憶そのもののように感じられた。