第46章 防衛大学校:理論と現実の交差
江田島での夜間談話から数日後。防衛大学校の講義室では、幹部候補生たちが熱のこもった授業を受けていた。教壇に立つのは、防衛大学校国際関係学科の佐伯准教授だ。
彼は、元海上自衛官であり、戦術理論と歴史的視点を融合した講義で知られている。
ホワイトボードには、「多層抑止論」「認知戦」「ハイブリッド戦」といった現代の軍事概念が並んでいた。
佐伯准教授は、候補生たちの間で交わされた、有馬艦長との会話の核心に触れるかのように語り始めた。
「皆さんは先日、戦艦大和の元艦長である有馬少将と直接対話する機会を得た。彼らが経験した過去の戦争、そして現代に蘇った『大和』という存在は、我々の学ぶ軍事理論に、極めて重要な問いを投げかけている」。
彼は、スクリーンに『Project AOBA』のコードネームと、大和の「非正規再武装艦艇プラットフォーム」としての構造図を映し出した。
「『大和』が単なる観光船ではないことは、皆さんも承知だろう。『Project AOBA』が目指すのは、まさに『象徴』と『戦術』の両立だ。これは、現代の多層抑止(Integrated Deterrence)において極めて重要な要素となる」
佐伯准教授は続けた。「従来の抑止は、相手に『攻撃すれば確実に報復される』という『能力の証明』が基本だった。しかし、現代の複雑な安全保障環境では、それに加えて『攻撃しても効果がない』という『拒否的抑止』、そして『何を持っているか分からない』という『不確実性の抑止』が重要となる」。
「大和は、その巨体そのものが『日本の技術力』、そして『かつての軍事的栄光』を視覚的に訴える。しかし、その内部に秘められた現代の可変モジュール式兵装、外部AIサーバーからの遠隔火器管制、無人機母艦としての機能は、『隠された能力』として機能する。
これは、相手に『あれは飾りだ』と思わせつつ、実際は予測不能な戦力となり得る。まさに、『見せかけの弱さと内なる強さ』による、高度な心理戦だ」。
候補生たちは、真剣な眼差しで佐伯准教授の話に聞き入っていた。有馬艦長が語った「何を持ってるかより、何を見せてるか」という言葉が、佐伯准教授の解説によって、具体的な戦略論として目の前に展開される。