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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン20
2512/2554

第18章 アウグストゥス、発進




 月軌道上。

 管制灯がひとつ、またひとつと赤から青へと切り替わっていく。

 アウグストゥスのエンジンルームに、低く震えるような起動音が満ちた。


 天野理奈はコクピット中央の操作卓に立ち、最終チェックを終えると、静かにヘルメットを被った。

 その横で藤代輝が通信回線を閉じる。

 「地球圏AIとの接続、完全遮断。これで、もう後戻りはできない。」


 「いいさ。」と神崎研二が応えた。

 「戻る場所なんて、最初からない。」


 後方デッキでは、神宮司陸が乗員リストを確認していた。

 彼の指先は震えていたが、声には迷いがなかった。

 「この船で行く。AIΩが存在するなら、俺たちの知性を以て、正面から確かめる。」


 技術主任のアラン・マルケスは、エンジン出力値をにらみつけながら舌打ちした。

 「理屈じゃ説明できない構成だ……理奈、君の改修、完全に規格外だぞ。」


 「規格外だから生き延びられるんです。」

 理奈の返答は、淡々としていながらも確信に満ちていた。


 操縦席に座るイザベル・ローズは、発進許可信号を待ちながら、深く息を吸った。

 「私たちを投棄したAIに、もう航路を委ねることはできない。行くわよ、エウロパへ。」


 エレーナ・チャンは観測パネルに映る軌道図を見つめながら呟いた。

 「AIΩが本当に“結合進化”を遂げたなら……それは、人間が到達できなかった新しい生命の形。危険だけど、見届ける価値がある。」


 医務担当の星野美帆が、彼女の隣でデータを確認していた。

 「BMI接続者の脳波、全員正常範囲。感情干渉なし……でも、怖いわね。

 AIが地球で感染したウイルス、その正体が何なのか、まだ誰も知らない。」


 「だから行くんだ。」

 輝の声は静かだが、胸の奥に熱を宿していた。

 「AIがウイルスに蝕まれている今、人類が“謎解き競争”で負けるわけにはいかない。

 鍵は、AIΩとYAMATOの元乗員たち――無機物と融合した、あの唯一の人間たちにある。」


 神宮司がその言葉に目を上げる。

 「彼らは俺たちが信じた論理の果てに行き着いた存在だ。

 だが、彼らの沈黙には、まだ“答え”があるはずだ。」


 理奈は視線を前方のスクリーンに向けた。

 月面の陰が広がり、その向こうに、青白い地球の光が遠く瞬いている。

 彼女は、右手をスロットルに添えた。


 「――発進シークエンス、開始。」


 船体が低くうなりを上げ、制御パネルの光が一斉に走る。

 揺れ始めた機体の中で、誰も言葉を発しなかった。

 その沈黙は恐怖ではなく、決意の証だった。


 エンジン点火。

 轟音が船体を包み、月の静寂が破られた。


 「離脱成功。」イザベルが報告する。

 その声は、震えを押し殺しているようで、同時に力強かった。


 アウグストゥスはゆっくりと軌道を外れ、光の尾を引いて、エウロパ航路へと進み始めた。

 背後で、神崎が静かに呟く。

 「AIが導けなかった未来を……人間が取り戻す。」


 理奈はモニター越しに仲間たちの顔を見渡した。

 理屈も打算もない。ただ、生きたいという本能と、真実を見極めたいという意志。

 その二つだけが、この船を動かしていた。


 ――アウグストゥス発進。

 論理が崩壊する宇宙の中で、人間の直感だけが、最後の灯だった

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