第37章 江田島 講義 「第一列島線」
講義室の電子地図に、日本列島から台湾、フィリピンまでを結ぶ「第一列島線」が、赤い線で描かれている。
教壇に立つ伊佐川一等海佐は、その地図を指し示した。
「さて、まずは諸君の頭の中に、北から日本本土→奄美→沖縄→宮古→石垣→台湾→フィリピンという列島の並びをイメージしてほしい」
「この一列に並ぶ島々を、『第一列島線』と呼ぶ。
この列島線は、中国が太平洋に自由に出ていくのを抑え込む『防壁』そして、その中でも特に『台湾』は、その要」
「なぜか? それは台湾が、この『防壁のちょうつがい』にあたるからだ。太平洋を『部屋』だとしよう。その入り口を封じている『折れ戸』がこの列島線だとすると、台湾こそが、その開け閉めする『扉の要』だ」
「台湾が独立を保っていれば、中国海軍はこの『扉』を開けることができない。
台湾が独立である限り、中国の外洋海軍展開は極めて制限されるのです」
講堂に、静かな緊張感が満ちた。
「しかし、もし台湾が中国に併合されると、どうなるか。」
この『扉』は開きっぱなしになり、中国海軍は、東シナ海・太平洋へ自由に出入りできるようになる。
空軍機も、台湾島を滑走路として西太平洋へ展開が可能になる。
「その結果、沖縄、グアム、ハワイ、日本本土が、中国の直接的な作戦圏内に入ることになるのです」
伊佐川は一度言葉を切り、結論を述べた。
「結論を申し上げます。台湾は『単なる一つの島』ではありません。それは、『地政学的な蝶番』、すなわち扉の開閉機構そのものなのです。
講義後、江島砲術長が口を開いた。
「戦時中、我々もマリアナを跳び台にして外洋へ出ようとしたが……。中国も同じように『跳び台』を求めていると?」
伊佐川は、その問いに頷いた。
「そのとおりです。帝国海軍が硫黄島、サイパン、テニアンを『跳び台』にしたように、今の中国は台湾を『戦略的階段』にしようとしている。そして我々は、その階段を『踏ませない』責務を背負っているのです」
伊佐川の言葉は、80年前の記憶を持つ彼らに、現代の戦いの本質を鋭く突きつけていた。