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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン20
2503/2585

第9章 《最下層の接続 ― 記憶残渣と再利用区》


 夜明け前。東京の西側、かつての老朽化したインフラが集積していたエリアは、今や**「再利用区(Re-Cycle Sector)」と呼ばれていた。ここは、AIの光気候制御装置による「幸福波長域」の光**が届きにくく、常に湿った薄暗さの中にあった。

 この区画の住居ユニットは、廃棄された複合素材を再利用して作られ、最低限の機能しか持たない。室内は、中環モールの最適化された空気とは違い、素材の微かな化学的な匂いと土の匂いが混じり合っている。


 この層の人々は、**「Civicベーシック」で生計を立てているが、Civicの流動性が極めて低いため、生活は厳しく制限されている。彼らは、AIが「非効率」として排出した「記憶残渣(Mnemonic Residue)」の整理や、都市の廃棄物処理システムの維持といった、「貢献度評価の低い労働」**を担っていた。

 早朝、一人の青年、ジンは、自分の住居ユニットの狭いバルコニーに立っていた。彼の頭には、旧型のBMIインターフェースが装着されている。


 【AI〈Lambda-Assist〉(平坦で、わずかに機械的な声)】

 「ジン。本日のあなたの予測貢献可能時間は7.2時間です。割り当てられたタスクは、**『記憶残渣の倫理的仕分け(レベルC)』**です。このタスクのCivic評価は低く設定されています。」

 ジンの仕事は、記憶投資庁が回収しきれなかった、市民の**「不要な負の感情」や「倫理的にグレーな思考」**の断片を、再利用前に最終的に抹消することだった。

 「俺の**『倫理的非整合性』**、今週も下がらないな。」ジンは独り言のように呟いた。

 「非整合性は下がっていません。あなたの**『自己肯定感の低さ』が、Civicの『倫理的連帯指数』**を低下させています。この感情は非効率です。」

 AIは、彼の**「貧困による不安」**すら、システムの非効率なノイズとして捉えていた。


 ジンは、同じ区画に住む幼馴染のマオに声をかけた。マオは、都市の植物と構造体が一体化した**「光合成パネルの裏側」**のメンテナンスを担当している。

 「マオ、今日の残渣はキツそうだぞ。『真の絶望』の断片が多いらしい。中環モールの奴らが捨てた過剰な幸福の裏側だな。」

 「慣れてるよ、ジン。彼らが幸福であればあるほど、俺たちの仕事は増える。俺たちの仕事は、この都市の**『倫理的な排泄物処理』**だから。Civicは少ないけど、都市の安定には貢献してる。そう信じるしかない。」


 マオの言葉には、この生活を受け入れた、諦めにも似た強さがあった。

 その時、区画の入り口に、共栄区から来たと思しきパーソナルポッドが、珍しく音を立てて着陸した。中から降りてきたのは、リュウだった。彼女は、**「不協和音」**を探しに、この非管理的なエリアに立ち入ることがあった。

 「あんたたち、本当にここで、他人の捨てた悲しみを仕分けてるのか? それって、このユートピアの裏の賃金だろ。」


 リュウの言葉は、この区画の住人にとって、直視したくない真実だった。

 「リュウ様。我々は、都市の**『記憶の衛生』**を保つ、重要な貢献者です。Civicの額は少なくても、倫理的連帯は保たれています。」マオは表情を変えずに答えた。

 リュウは、ジンの手元にあるホログラムを見た。そこには、**「記憶の闇市場」からの逸脱データが、微かに混ざっていた。ジンが、禁止された「生の感情」**を密かに抽出していることに気づいた。


 「その記憶、**『不快になる権利』の残渣か。高貢献度層がテザー・アークで消費した『リアルな欲』の排泄物だ。それを仕分けてるあんたたちが、この都市で一番、『真の感情』**に近いのかもしれないな。」

 リュウの視線は、ジンに**「ノイズの価値」**を問いかけていた。


 ジンは、リュウの言葉に動揺した様子を見せず、再びホログラムを操作した。彼のCivic残高は、最低限の生活を維持するレベルだ。この社会では、**「富の追求」はなくなったが、「貢献度による階層」**は、依然として冷酷に存在していた。

 再利用区の空に、AIが調整した薄い光が差し込む。


 【ナレーター(静かに、しかし結論的に)】

 「この再利用区では、競争も、貧困の激しい悲劇もない。すべてがAIによって**『管理された貧困』として維持されている。彼らの『低貢献』という生活が、逆に、高貢献者たちが享受する『非管理の贅沢』の倫理的担保**となっていた。この都市の完全な調和は、彼ら『底辺』の、静かなる諦念によって支えられているのだ。」


 ジンは、AIの指示に従い、ホログラム上の**「過度な絶望の記憶断片」**を、抹消プロトコルへと送った。彼の指先が、このユートピアの最も暗い部分に触れていた。

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