第36章 江田島 講義 「同盟の再定義」
講義室に、静かな緊張感が漂っていた。教壇に立つ坂東二等海佐は、スライドを映すことなく、ただ真っ直ぐに大和乗員たちを見つめる。
「今回は、日米同盟について、もっと核心的な話をします。80年前、あなた方が命を賭して戦った相手と、今なぜ手を結んでいるのか」
江島砲術長が、低い声で尋ねる。
「我々は敗れた。そして、日米安保条約は、敗戦国が勝者の下につくためのものだと教えられた。それが違うというのか?」
坂東は静かに首を振った。
「その通りです。当初は、『日本を守るために米軍が駐留する』という関係でした。しかし、時代は変わりました。今は違います」
「では、どう違うのだ?」
有馬艦長が、まっすぐに質問を投げかける。
「現在は、『日本に米軍が駐留しないと、アメリカも困る』という関係です」
講堂に、わずかなざわめきが起きた。
「どういうことか」と、野中航海長が身を乗り出す。
坂東は、淡々と説明を続けた。
「我々の目の前には、中国という強大な国があります。その中国が、太平洋へ進出しようとしています。もし、沖縄や横須賀といった日本の重要な拠点がなければ、米軍は中国の動きを封じ込めることができません。つまり、アメリカの安全保障にとっても、日本の存在は不可欠なのです」
「それは、日本が**『盾』**として利用されている、ということではないか?」
江島が鋭く問い詰める。
「盾でもあります。しかし、**『矛』でもある。」
「日本の潜水艦を探知する技術、情報収集能力は、世界トップクラスです。互いの強みを利用し合う、それが『相互依存』**です」
「もし、中国との間で、米国にとって都合の悪いことが起きたら、彼らは我々を見捨てるのではないか?」
坂東は、その問いを待っていたかのように、きっぱりと答えた。
「有馬特別参与。そうはならないと信じる根拠は、二つあります」
「一つは、『経済』です。日本とアメリカは、切っても切れない経済的なつながりを持っています。どちらかが崩れれば、もう一方も無傷ではいられません」
「もう一つは、『価値観』です。自由、民主主義といった共通の価値観を共有する日本とアメリカは、単なる軍事同盟ではないのです」
講義が終わり、坂東が敬礼をして退室した後も、大和の乗員たちは席を立たなかった。
「……信じるのではない。信じさせねばならん。か」