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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン20
2495/2584

第1章 《接続前の静寂 ― テレビニュース、東京の転生を報じる》


 静謐な朝の光が、東京上空のソーラーリフレクター層を透過し、霞ヶ関の丘陵に降り注ぐ。それは、かつて「権力の中枢」と呼ばれた街の、穏やかな一日が始まる合図だった。


 【ナレーター(声:女性。落ち着きと知性を感じさせるトーン)】

 「2025年代。ここ東京は、その名を『東京共和都市』と改めました。朝日に輝くのは、硝子ではなく、樹脂と珪素の複合素材で構築された白い建築群。かつて『官邸』や『省庁』と呼ばれた建物は、その支配的な高さを失い、大地に溶け込むかのように半地下構造で互いに連結されています。」


 カメラは、ドローンでゆっくりと白い建築群を俯瞰していく。未来的ながらも威圧感のない、流線形のデザイン。風が建物群の間を、さやさやと音もなく抜けていく。画面の左下には、**『TOKYO: 転生する生命体 〜AIと人間の共創圏を追う』**という番組タイトルが淡く表示されている。


 【ナレーター】

 「戦後の権力構造をすべて解体したこの国では、もはや『官邸』や『省庁』は支配の象徴ではありません。ここではAIが管理する**『公共意思統合ネットワーク』、通称〈CCC〉**によって、市民の意見がリアルタイムで政策へと反映される。政治とは、もはや『代弁』ではなく、『参加』の形を取っているのです。」

 場面は切り替わり、VR議会ホールの内部を捉えたVTR映像が流れる。そこには物理的な議席はなく、シンプルなカプセル状の空間に座る議員らしき人々と、彼らの間に浮かぶ半透明のAIオブザーバーのホログラム、そして選ばれた市民代表のアバターが、同時に接続して活発な討論を行っている。彼らの周囲には、リアルタイムで集計される市民の意見波形が、色とりどりの光の帯となって空間を巡っている。


 【キャスター(スタジオ。清潔な白とグレーを基調としたセット)】

 「ご覧いただいたように、東京共和都市では、AIが政治のまさに『中枢神経』として機能しています。市民の意見がダイレクトに政策に反映されるこの仕組みは、私たち従来の民主主義の常識を覆すものです。スタジオには、共和都市の首席執政官である、リョウ・カワムラ氏をお迎えしています。」

 スタジオの別アングル。キャスターの隣に座る、穏やかな表情の男性。テロップには**『リョウ・カワムラ 首席執政官』**と表示されている。


 【キャスター】

 「カワムラ執政官、AIがこれほど深く政治に関与する形は、ある種の『管理』を連想させる市民もいるかもしれません。この新しい政治の形態について、どのようにお考えですか?」


 【リョウ・カワムラ首席執政官(穏やかながらも自信に満ちた声)】

 「おっしゃる通り、当初は懸念もありました。しかし、AIは人間の感情的なバイアスや短期的な利己主義を排除し、**最大公約数的な市民の幸福を導き出すための『調整役』として機能します。私たちはもはや国民の意見を『代弁』**する必要はありません。政治とは、市民一人ひとりの『参加』そのものなのです。」

 再びVTR。今度は、**「中央共栄庭園(Central Concord Garden)」**の映像が流れる。かつて皇居があった広大な緑地。人工的に再生された江戸前湿地の中を、水素燃料セルで駆動するトラムが、音もなく滑るように走る。園内の樹木は、AIによる光合成効率解析に基づき植生パターンが自動更新されていることが、シンプルなグラフィックで説明される。


 【ナレーター】

 「中央共栄庭園では、AIが都市の酸素供給を担う樹木の配置さえ、常に最適化しています。そして、もう一つ、この都市の大きな特徴が**『音』**です。生体センサーで再構成されたリアルな鳥の鳴き声と、AIが生成したバーチャルな自然音が重ねられ、街全体に心地よい静寂が満ちています。」

 映像は、園内を散歩する市民たちを映し出す。彼らの表情は穏やかで、その耳にはリアルな自然音と、AIが作り出した安らぎのサウンドスケープが届いているかのようだ。


 【散歩中の老夫婦(笑顔でインタビューに応じる)】

 「昔は排気ガスと車の音で、息苦しい街だったんです。でも今はどうでしょう? 空気はきれいだし、鳥の声もこんなに鮮明に聞こえる。AIは、ただ便利になったんじゃなく、私たちが失った自然の豊かさを、ある意味で『再構築』してくれたんだな、と感じますね。」

 映像は、再び白い霞ヶ関の建築群を俯瞰する。朝の光が強まり、都市全体が目覚めていく。


 【ナレーター】

 「支配の象徴なき首都。権力の解体、そしてAIと人間が共創する新しい民主主義。この東京は、AIが人間を管理する街ではなく、AIが人間の**『共鳴』を最大化する**ために存在する、生命体のような都市です。」

 VTRが終わり、スタジオのキャスターが穏やかな表情でカメラを見つめる。


 【キャスター】

 「静寂の中に息づく、緻密に設計された生命体。東京共和都市は、私たちに**『未来の民主主義』の可能性を提示しています。しかし、この都市の進化は、政治システムだけに留まりません。次章では、この都市の根幹を支える、『資本なき経済』**へと視点を移します。」

 画面はゆっくりとフェードアウトし、次の章への期待を滲ませる。それは、まだ完全に接続してはいない、現実最後の呼吸だった。

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