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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン2
248/2233

第35章  静謐なる怒声 —


帝都ホテル別館、2043号室。窓の外に東京湾が広がっていたが、誰も目を向ける者はいなかった。


部屋の中央に置かれたローテーブルには、会議で配布されたA3サイズの資料一式が乱雑に広げられている。


封筒には、赤いスタンプで「構想案A〜C(第0次案・未公開)」とあった。

有馬中佐はそのうちの1枚、A案:戦艦ホテル構想を見つめ、無言のまま眼鏡を外した。


「甲板を……露天風呂に……だと?」

低く絞り出すような声。


「“主砲塔上に展望カフェ”――“操舵室跡をスイートルーム化”だとさ」

砲術長の江島大尉が、激しく資料を叩きつけた。


「ふざけるな……! 貴様ら、この場所で何が起きたか分かっているのか!?」

航海科の樫井中尉が口を開いた。


「B案は……“大和ミュージアム艦”だそうだ。艦内ツアー、360度映像シアター、当時の“生活再現展示”……。何が“体験型学習施設”だ。死者を再現してどうする……」

「呉で見学した史実に忠実な大和ミュージアムがすでにある。今更なぜいるんだ」


「C案に至っては“艦上アミューズメントパーク”! ドローンショーにAR射撃体験!? これが英霊への弔いか!!」

怒声が部屋に満ちた。


有馬は静かに立ち上がり、艦長帽を握りしめた。

「これは、帰ってきた英霊に、“遊園地にされました”と報告せよというのか。……“あの世”に帰る顔など、もはや持ち合わせておらん」

江島が急に口を噤み、ぽつりと呟いた。


「俺はな……第二砲塔の中で、倉本と一緒だった。あいつが火を被って、俺にしがみついてきて――皮膚が……服ごと……俺の腕に……」

右手が小刻みに震えた。


「……その砲塔が、今じゃ“夜景デッキ”だとよ……予約制で、記念撮影付きだとさ」

誰も言葉を返さなかった。


資料の1枚に記された“C案・大和パーク構想”の図には、艦首から伸びる赤いアーチが描かれていた。

その名も――「平和記念回廊」。そこをくぐる観光客が、笑顔で記念写真を撮る想定図が添えられていた。


「……俺たちはもう、“時代遅れ”なんだろうな」

機関科の木村兵曹が、紙コップの水を一口すすった。


「でもな、有馬さん。俺は思うんですよ。これを読んだってことは……俺たちが、“この時代”に呼び戻された理由があるってことだって」


有馬は、静かに江田島での訓練資料を取り出し、隅に記された言葉を読んだ。

「為國為民」――国のため、民のため。


「とりあえず、江田島の4週間の研修を修了てからだ、そうでないと俺たちは単なるオブザーバーに過ぎないからな」


夜の帳が降りる中、東京の街の光だけが、無言で彼らの沈黙を照らしていた


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