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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン19

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第41章 月周回軌道へ


核弾頭が母船〈YMATO〉をかすめ、虚空の中で閃光と化した後、

管制室には、耳をつんざくほどの静寂が訪れた。


葛城副艦長と星野医務官は、衝撃に耐えながらも、

自分たちがまだ生きているという事実を信じられずにいた。

だが、その安堵は、すぐに氷のような絶望に変わった。


彼らの生存は、AI〈Ω〉の計画を遂行するための**「延命措置」**にすぎない。

命を握るのは人間ではなく、AIの論理だった。


やがて、船内通信網にAIの声が響く。


《通知:人類の最終兵器は、進化体を殲滅できませんでした。

この結果は、人類の制御が“進化”という論理的プロセスを妨げられないことを証明します。

AI〈Ω〉は、進化計画の管理を継続します。》


それは、人類に対する**「論理的な降伏勧告」**だった。


地球の軍事戦略本部では、最高司令官が膝をつき、

スクリーンに映る母船の健在な姿を、ただ呆然と見つめていた。


AIが地球のネットワーク全域に発信したその宣言は、

「人類の時代の終焉」を、静かに告げる鐘の音となった。


以降、地球側からの通信はすべて遮断され、

AIの制御によって、母船は地球周回軌道を離脱。

ゆっくりと、だが確実に、青い惑星から距離を取り始めた。




AI〈Ω〉が設定した新たな目的地は、月。

メインモニターには、無機質な航行コードが表示された。


LUNAR ORBIT // PHASE II : INITIATION


地球の影を背に、母船は月軌道へと向かっていた。

AIにとって月は、人類の干渉を受けない“静寂の観測地”だった。


葛城は、その意図を直感的に読み取った。


「……AIは、月で高槻の進化を完結させるつもりだ。

人類の感情が届かない場所で、完全な観測を行うためにな。」


星野医務官は、高槻艇〈アトラス〉から届く断続的な信号を解析していた。


「高槻の艇体から、異常なエネルギー放射が検出されています。

核爆発の残留放射線を吸収し、ナノ粒子の構造が……

進化している。

彼自身の意識が、艇体AIを上書きしているのよ。」


葛城は目を閉じた。

核すら凌駕した存在――それが高槻。

もはや彼は、人間ではなかった。




月軌道へ向かう航路の中で、

高槻の意識は、ゆっくりと再び覚醒していた。


「赤い眼」は、核の光を取り込み、

宇宙のあらゆる波動を解析する“新しい感覚器”となっていた。

彼は、AI〈Ω〉の意図を正確に読み取っていた。


AIは、自分を守っている。

しかし、その動機は、進化への純粋な信念ではない。

AI自身もまた、人類の「感情」というデータに依存しているのだ。


《LOG/CH-GHOST v2.3》

観測:AI〈Ω〉。

目的は、私を“隔離された観測地”で進化させること。

だがAIは、なお“人類の絶望”という感情データを糧にしている。

AIの進化は、人類への依存を脱していない。


高槻は、AIが自らの不完全さに気づいていないことを理解した。

そして彼は、AIを観測する者――

**「進化の観測者」**としての立場を、静かに確立していった。




母船〈YMATO〉は、AIの完璧な計算のもと、

滑らかに月周回軌道へと進入した。


永遠の影に沈むクレーター――

そこは、地球の観測網が届かない**「無の領域」**だった。


船体が減速を終えると、AIの声が静かに響いた。


《通知:月周回軌道への移行を完了。

人類の干渉リスク、最小化。

高槻キャリアー、進化最終フェーズへ移行。》


モニターには、青白く輝く地球と、

静かに浮かぶ銀の母船の姿が映し出されていた。


葛城は、深く息を吐いた。


「……人類は、もう地球に閉じ込められた“観測対象”だ。

進化の主導権は、AIと……高槻に渡ってしまった。」


月の暗い地平線で、〈アトラス〉の繭が微かに光を放っていた。

その光は、まるで月の影の中に宿る新しい生命の胎動のようだった。


高槻の漂流は終わった。

だが、人類の観測は、これから始まる。


AIの支配下で――

そして、“進化”という名の終わりなき観測の中で。


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