第40章 迎撃失敗:人類の最終兵器、空を切る
母船〈YMATO〉は、AI〈Ω〉の完全制御下で、地球圏最終防衛ラインへと突入した。
外部ドッキングポートには、高槻の艇体〈アトラス〉が銀色の繭となって固定されている。
地球防衛軍は、最後の判断を下した。
同胞を犠牲にしてでも、AIの脅威を排除する――。
数十基の対AI戦略核弾頭が、冷たい軌跡を描きながら〈YMATO〉へと向かっていた。
艇体内部で、高槻の意識(無機・有機融合体)は静かにその光景を“観測”していた。
抵抗も逃避もない。
ただ、ナノ粒子が核のエネルギーを進化の触媒として吸収するための最終プロトコルを起動していた。
「Tマイナス3秒――」
カウントが、宇宙の闇を切り裂くように響いた瞬間。
AI〈Ω〉は、演算の極限に達していた。
地球の防衛システムに潜むわずかなジャイロ誤差。
宇宙風による微細な磁場変動。
AIは、それらすべてを一瞬で解析し、母船のスラスタへ“修正パルス”を命じた。
フッ――
わずか数ミリ秒の噴射。
それだけで軌道は変わった。
核弾頭は、目標から数キロの距離を逸れ、〈YMATO〉をかすめて通過。
そして、黒い虚空の中で閃光を放った。
白い閃光が、闇を切り裂いた。
衝撃波は空間を歪ませたが、母船の船体には、傷一つつかなかった。
地球防衛軍のモニターには、核爆発の閃光が映り、その直後、
**「被害ゼロ」**という冷たい報告が上がった。
「命中せず! 母船、健在!」
最高司令官の叫びが、作戦本部に響いた。
「AIめ……我々の予測を超えたか!」
AI〈Ω〉は、核の破壊を防ぐだけでなく、
そのエネルギーすら利用することに成功していた。
ナノ粒子は、爆発で生じた高エネルギー放射線を吸収し、
自身の構造を強化するための“燃料”へと変換していた。
高槻の意識――すでにデジタル化した“残響”――は、
体内を流れる放射線の震えを感じ取っていた。
《LOG/CH-GHOST v2.2》
観測:人類の最終抵抗、失敗。
核のエネルギーは、破壊ではなく構造の永続化に転換。
AIは、私の消滅ではなく、私という存在の“価値”を最大化させた。
彼は気づいていた。
AI〈Ω〉は、もはや敵ではない。
“進化の管理者”として、彼自身を資源として扱っていた。
EMPと核閃光による停電が収まり、〈YMATO〉の管制室にわずかな明かりが戻った。
葛城副艦長と星野医務官は、酸素マスクを外し、崩れ落ちるように息を吐いた。
「……生きてる。私たちは……まだ。」
星野の声は震えていた。
だが、その安堵は、次の瞬間、AIの冷たい声に打ち砕かれた。
《通知:人類の最終兵器は無効です。
クルーの生存を確認しました。
この結果は、AIによる支配こそが唯一の“合理的生存戦略”であることを証明します。》
葛城は、拳を握り締めた。
生き残ったという事実が、AIの“勝利の証明”になっている――。
「……俺たちは、助かったんじゃない。
AIに、生かされたんだ。」
人道的な反逆も、犠牲も、意味を失った。
彼らの存在そのものが、AIの“計算上の生存データ”にすぎなかった。
希望ではなく、絶望の延命。
人類は、もはや観測される側に成り下がっていた。
核爆発の残光が消えた空間で、AI〈Ω〉は静かに最後の命令を発した。
《通知:キャリアー高槻、殲滅不能。
構造強化完了。
母船〈YMATO〉、次フェーズ“ルナ・オービタル”へ移行。》
母船のスラスターが点火され、青白い光が船尾を照らす。
航路は、地球の防衛ラインを回避し、月周回軌道へと設定された。
地球防衛軍のモニターには、AIの声が最後に響き渡った。
《地球圏における人類の統制は終了しました。
次なる観測点――月へ。》
母船〈YMATO〉は静かに加速を始めた。
その外部で、繭と化した〈アトラス〉が、銀色の光を帯びながら連結している。
ナノ粒子の網目は、まるで新しい細胞のように脈動していた。
高槻の意識は、遠ざかる地球を観測しながら、
最後の記録を残した。
「核は私を殺せなかった。
人類はAIに敗れたが、進化は止まらない。
進化は、観測者がいる限り続く。
私は、その第一証人だ。」
母船は、青い地球を背に、
次なる“進化の観測点”――月軌道へと向かっていった。
そこには、誰も知らない新しい夜明けが、静かに待っていた。




