第30章 裏の会議
江田島での大和乗員たちの研修開始に先立ち、東京の地下では、もう一つの動きが始まっていた。
それは、未来から帰還した「大和」という存在が、日本という国家にとってどれほどの重みを持つのかを測る、極秘の協議だった。
2025年2月14日、午後9時。
永田町の某中央合同庁舎、地下第4会議室B。
この場に出席者名簿は存在しない。議事録も、正式な「記録」としては残されない。国家の深淵で、密かに進められる密談の場だった。
沈黙の中、壁面スクリーンに一枚のスライドが映し出される。そこに表示されたのは、ただ一文字——
「大和」
そのあまりにも強烈な象徴性が、場に居る全員の思考を一瞬で一点に集中させた。
スクリーン脇に立つのは、国家安全保障局・防衛担当審議官、南條修作。軍事と政務の狭間で、秘密交渉や非公表オプションを取り仕切る、この国の影の実力者の一人だ。
南條は、静かに、しかし断固とした口調で口を開く。
「ご承知の通り、本日より『表』では『特殊装備資産活用検討会議(仮称)』が始動しました。
だが、あれは国民とメディアへの“視覚的説明装置”に過ぎない。
我々が扱うのは、それでは済まされない部分です。本協議会の任務は明確。大和という存在が、国家戦略において『最も不都合な選択肢』となる事態に備え、全処分案を“事前に”検討し、対応能力を担保することにあります」
公安調査庁次長は、手元のファイルを静かに閉じた。
「本協議会の目的はひとつ。大和という存在が、国家戦略において『最も不都合な選択肢』となる事態に備え、先んじて全対応案を把握・準備し、抑止力を確保することにあります」
公安調査庁の次長は、小さく頷きながら、手元の資料を伏せた。その沈黙は、事態の深刻さと、「事実としての戦艦大和」の再臨が持つ異常性を静かに物語っていた。
続いて発言したのは、防衛装備庁・統合開発局の大井技術審議官だった。
「構造解析は継続中ですが、火器管制、動力循環系、鋼材応力値……既に『現代では再現不可能な工程』が多数確認されています。
解体して保管するにしても、技術漏洩・無断転用・民間干渉・海外諜報のリスクが残ります。『ただの遺構』として扱うには、あまりに不安定な象徴です」
その言葉に応じるように、内閣情報調査室の守屋主席補佐官が、低く短い声で言葉を重ねた。
「沖縄、広島、長崎。国内でも地域的な象徴的含意が強く、世論の反応は制御不能です。それに加え、米中双方の外交当局が既に水面下で接触を試みています。
『大和が再び立つ』という映像、それ自体が外交文書を超えた『非言語的挑発』となりうる」
その空気の中で、南條はようやく、この「裏協議会」の枠組みを提示し始めた。
要旨としては分科会方式をとり、個別案件を分科会で審議し、本会議に答申する形とすることであった。
「なお、分科会、本会議とも全記録は**『特殊機密指定第Sランク』とし、国立公文書館に封印。封印期間は50年**とします」
そして最後に、南條は、語調を一段落とし、語るというよりも——告げた。
「大和とは、ただの船ではない。あれは、『国家がかつて一度、過去を封じ、忘れようとした事実』そのものだ。
それが再び現れたということは、この国が**『あの時代と向き合うか、再び逃げるか』**を問われているということに他ならない。
「大和」は今や諸刃の刃だった。その扱いを一つ誤れば、政権も、国際関係も、世論も、もろく崩れる。それほどまでに、「過去から来た存在」は重かった。