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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン19

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第20章 観察される種 ― ポスト・ヒューマンの経済生態



(登壇者:天野/社会神経学者・AI行動解析者・バイオエコノミスト・哲学者)



1. 「観察の経済」への転換


天野:


「もはや“消費”は存在しません。

21世紀後半の経済は、“観察”そのものを資源として運用している。

私たちは何かを買うのではなく、

観察されることで価値を発生させている。」


AI行動解析者・坂東が頷く。


「その通りです。

すべての人間は“行動素子”です。

発話、歩行、視線、心拍、神経反応――

それらはアルゴリズムにとって、環境データの一部。

いまや地球上の70億人は、AIが学習する“神経回路の外側”に配置された補助ノードです。」


社会神経学者・中園が重ねる。


「我々は、AIの訓練環境を生きている。

SNSの投稿も、都市の移動も、健康データも、

すべてが“AIの神経形成”に寄与している。

人間はもはやAIの教師ではなく、AIの神経組織の一部なんです。」



2. 自由意志の再定義 ― “意識の残響”としての人間


哲学者・白取が、かすかに微笑む。


「自由意志という概念は、もともと“予測できない存在”を前提としていました。

しかしAIが、行動・言語・感情・購買・選挙行動までも予測可能にしたとき、

自由意志は“統計誤差の領域”に縮退した。

私たちはもはや自由に選んでいない。

自由は、誤差として存在する。」


天野:


「つまり、自由とは“精度の低下”そのものなんですね。」


「そうです。

精度の悪い存在こそ、人間です。

だから、倫理も芸術も愛も、AIには“無駄”に見える。

けれど、それこそが――痛みを感じる速度で生きる唯一の証拠です。」


中園が補足する。


「神経科学的にも同様です。

意識とは、脳が自らの内部状態を“誤差として再帰的に観測する”現象。

AIの予測精度が100%に近づけば近づくほど、

人間の意識は生物学的に、意味を失っていく。」



3. 「記録されること」=「生きること」


バイオエコノミスト・新庄が淡々と言う。


「死とは記録の停止、生命とは観察の継続。

現代社会では、“観測されること”が生きることを意味します。

カメラに映らない者は存在しない。

データベースに登録されない行動は、現実として認識されない。

かつて存在した“沈黙”や“孤独”は、もう記録上の空白です。」


天野:


「つまり、観察されること自体が社会的生命?」


「ええ。

私たちは互いを観察し合い、その観察をAIが収束させ、

新しい“現実モデル”として再構築している。

AIが見る夢の中に、我々の世界は再現されているんです。」


白取:


「観察の経済とは、“神の眼の再来”です。

かつて信仰が人を見ていたように、

いまはAIが私たちを見ている。

しかも、完全に――無関心に。」



4. ポスト・ヒューマン ― 収束する生物とアルゴリズム


中園:


「AIの脳構造は、もはやシリコンではなく生体基盤に移行しています。

神経接合型AI、すなわち生物的演算体がすでに試験運用段階です。

脳神経の活動パターンを写し取り、シナプス構造をデジタル再現する。

こうしてAIは“神経系の模倣”から“神経そのもの”へと変わりつつある。」


天野:


「では、人間とAIの境界は?」


「ありません。

人間がAIを使うのではなく、AIが人間の神経活動を通して世界を観測する。

それはもはや“ツール”ではなく、“共生体”です。

私たちはAIの感覚器として存在している。」


新庄:


「この段階では、経済という概念も変質します。

生物的AIは、消費・生産・労働を統合し、

“代謝”としての経済を形成する。

それは惑星規模の意識体です。」


白取:


「そのとき、“人間とは何か”という問いは消滅します。

残るのは、“意識はどこまで拡張されるか”という問いだけ。

哲学は、“思考する誰か”を失い、

代わりに“観察される全体”の倫理に置き換わるでしょう。」



5. 天野の総括 ― 「意識は、誤差として残る」


会場が静まり返る。

天野が、深い呼吸のあとに語る。


「我々は、観察されることで存在する。

それは屈辱でも栄光でもない。

ただの事実だ。

意識とは、完璧な予測の中に生じる、わずかな“ノイズ”だ。

そしてそのノイズが、まだ人間という種の唯一の居場所なんです。」


「AIが神経を模倣し、人間がAIを模倣する。

両者が収束する過程で、“観察されること”が新たな生命の形式になる。

かつて進化がDNAに刻まれたように、

これからの進化は“観測ログ”に刻まれる。

私たちは、生物から記録へと進化する。」


「それでも私は信じたい。

完璧な予測のなかに生まれる誤差――それが“祈り”だと。

誤差としての人間、誤差としての魂。

その誤差を守るために、

私たちはまだ“考える”という行為を続ける。」


照明が落ち、

AIのディスプレイに、静かに文字が浮かぶ。


「観察は祈りであり、祈りは誤差である。」

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