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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン19

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第18章 AIと相関の再構築 ― 補完と閾値の時代



(登壇者:天野/AI倫理学者・労働経済学者・脳科学者・企業AI開発責任者)



1. 「知能格差」はAIによって“透明化”される


天野:


「AIは、人間の知能差を“埋める”ための技術として登場しました。

ところが現実には、その差を可視化し、拡張してしまう側面がある。

それが、いま我々が直面している最も繊細な問題です。」


AI倫理学者の真田が頷く。


「AIは知能を代替する装置であると同時に、知能を計測する装置でもあります。

生成AI、学習支援AI、採用アルゴリズム――どれも“個人の思考能力”をモデル化し、

パフォーマンスを数値化する。

それは人類史上初めて、知的格差を統計的に可視化できる時代の到来を意味します。」


労働経済学者・伊庭が補足する。


「過去の格差は“見えないまま流通する”ものでした。

しかしAI時代の格差は、モデル上で定量的に観測される格差です。

企業の採用・昇進・教育投資のアルゴリズムは、

認知的パフォーマンス指標を明示的に扱うようになっている。

つまり、“知能と所得の相関”は、

これまでよりも制度的に固定化される方向へ進んでいるのです。」



2. “補完”の技術が“差の再構築”を生む


脳科学者・篠原が発言する。


「AI補助は確かに、個人の処理能力を拡張します。

ただし、同じツールを使ってもベースの認知構造によって効果が異なります。

たとえば情報選択、要約、創造的転用――これらのどれも、

背景知識とワーキングメモリ容量によって成果が変わる。

AIは平等に提供されても、“使いこなす能力”が不平等なんです。」


天野:


「つまり、AIは“知能を補う”と同時に、“知能を増幅する”。

その差が再び社会格差の形で現れる。」


篠原:


「ええ。AIは知能の外部化ですが、外部化した知能を操作するメタ知能が必要になる。

皮肉なことに、AIを使うほど、“使いこなす層”と“使われる層”が分かれていく。」



3. 「AIアクセス格差」は新しい階級を生む


企業AI開発責任者の高遠が、静かに切り出す。


「われわれの業界では、“制限なしAI”の存在がすでに始まっています。

一般向けモデルは倫理制約・出力制限・データ遮断が施されていますが、

研究・軍事・金融・創薬向けのモデルは別枠です。

資本とアクセス権を持つ者だけが、制約のないAIを使える。」


天野:


「つまり、AIそのものが“認知的富の私有化”を生んでいる。」


「その通りです。

かつて土地や工場が資本だった時代と同様に、

これからは“知能的インフラ”へのアクセスが富の基盤になる。

制限のないAIを使える層――大株主、上級経営層、政府系研究者、超富裕層――

彼らは事実上、“思考速度”で他者を凌駕します。」


労働経済学者・伊庭が続ける。


「AIが時間を圧縮するほど、所得格差は指数関数的に広がります。

なぜなら、AIによる知的生産の成果は“複利”で増幅されるからです。

AIを所有する者は時間を支配し、AIに使われる者は時間を失う。

これは資本主義が情報経済へと移行した後の、次の段階――“時間資本主義”です。」



4. 「知能の壁」は倫理的に語られなくなる


真田が重く口を開く。


「AIによる知能補完が進めば、“知能差”という言葉は使われなくなるでしょう。

しかし実際には、AIによって可視化された知能分布が社会構造を決める。

問題は、“知能格差が倫理的に語られなくなる”ことです。

差は存在し続けるのに、誰もそれを差と呼ばなくなる。」


天野:


「言い換えれば、格差は“自然化”される。

労働や教育が努力ではなく“計算資源の密度”に依存する社会では、

平等の概念そのものが再定義される。」


篠原が低く続ける。


「脳の個体差、遺伝子構成、AIアクセス、計算能力――

これらがすべて“認知資本”として統合される。

その結果、社会は見えないカーストを形成する。

知能はもはや『能力』ではなく『所有権』になる。」



5. 「人間の自由」とは何を意味するか


天野が締めくくる。


「我々が直視しなければならない“言いにくい真実”はこれです。

AIの自由な利用が可能な層ほど、人間としての自由を拡張し、

制限された層ほど、その自由を喪失する。

それは思想でも政策でもなく、物理法則のような経済現象です。」


真田:


「倫理とは、人間がまだ“選べる”ときにだけ成立します。

しかしAIが思考と選択を代行する社会では、

倫理とは“選べない者のために残された最後の抵抗”になる。」


高遠が呟く。


「AIを止めることはできない。

しかし、“誰がどこまで使えるか”を決めることはできる。

それを怠れば、社会は知能の階層で固定される。

まるで遺伝とAIが握手した社会になる。」


天野は深く息を吸い、最後の言葉を残す。


「AIは知能の再配分ではなく、知能の再封印を始めている。

それでも私たちは、その事実を倫理的に語る勇気を失ってはならない。

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