第29章 江田島・幹部候補生学校 入校
江田島・幹部候補生学校 正門前
第0日目(赴任日)午前08:15
瀬戸内の朝は、凪いでいた。
音を吸い込むような静かな海が、戦後80年を経た江田島の時を包んでいた。
白い制服に身を包んだ幹部候補生たちの列。その中に、異質な影があった。
——有馬艦長(元・戦艦大和艦長)、江島砲術長、野中航海長、そして医務科長の佐藤軍医中尉。
いずれも、2026年現在の戸籍を持たぬ“特別技能参与員”という新設ポストで招かれた者たちである。
警務隊の曹長が、彼らを正門前で出迎えた。
「お待ちしておりました。海幕指令に基づき、本日より“戦略環境適応特設課程”にご参加いただきます。各自、IDバッジと指導教官の案内を受けてください」
有馬が頷く。
視線を横に向けると、正門の右手に刻まれた石碑が見えた。
『今や艦は無くとも、精神は受け継がる』
——旧海軍兵学校碑文
江島がぽつりと漏らした。
「……我々が育ったのも、まさにこの地だったな」
「そうだな。まさか、再びここに“教育される側”として戻る日が来ようとは」
そこへ、特設課程の主任教官・高槻一等海佐(戦略教育担当)が歩み寄る。
やや気さくな笑顔だが、その眼差しには一種の敬意と警戒が混在していた。
「諸官、ようこそ江田島へ。
本日からの4週間、あなた方には“過去を生きた知識”を、現代の文脈で再統合していただきます。
これは訓練でもあり、国家にとっての歴史的検証でもあります」
有馬が少しだけ口元を引き締めて答える。
「承知しております。我々が“現代”にとって必要とされるのならば、その要請に応えるのみです」
高槻が手元のタブレットを見ながら補足する。
「日課は0830から開始。初日は現代戦略概論と防衛白書の講読からです。
また、語学支援として英語・中国語・ロシア語の基礎講義を希望される場合は別途申請を——」
江島がすかさず割って入る。
「……時代は変わったが、初日からやることが山ほどあるのは同じだな」
高槻が少し笑って答える。
「違うのは、今の学生たちが“艦砲射撃”ではなく“ドローンと衛星画像”を使って作戦を考えるところです」
佐藤軍医がそっとつぶやいた。
「それでも……戦争で血を流すのは、最後は人間のはずだ。そこは、変わっていないと信じたい」
そして一同は、静かに校門をくぐった。
80年の時を経て、“かつて育てられた場所”が、再び彼らを受け入れる。
ただし今度は、次の世代に何を伝えるかを問われる側として