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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン1

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戦場の少女たち――守るべき未来


昭和二十年四月十八日、午前十時。

沖縄本島南部、南風原はえばる


首里の北西に広がる前線から離れ、南風原の小高い丘陵一帯は、戦争の凄惨さと静けさが異様なまでに混ざり合う場所だった。ここには沖縄陸軍病院の壕群が置かれており、大小約四十もの地下壕が斜面に口を開けている。前日の激しい戦闘の余波を受け、この南部一帯の野戦病院にも多数の負傷兵が運び込まれ続けていた。


米軍の動きが一時的に不気味なほど静かだったこの日、海上自衛隊の情報幕僚・山名三尉は、首里司令部と南風原の沖縄陸軍病院を結ぶ重要通信線、および負傷者後送路の安全確認と補修状況を点検する特命を受け、単身この地を訪れていた。


戦術的・軍事的に見て、野戦病院の維持は防衛戦の持続性を左右する死活問題である。前線でどれほど兵士が奮戦しようとも、負傷者の後送ルートや医療物資の補給線が断たれれば、軍全体の士気は崩壊する。山名は、現代の軍事ドクトリンにおける「衛生兵站の維持」という観点から、首里と南風原を結ぶこの神経網の脆弱性を懸念し、点検を行っていたのだった。


丘陵の斜面に掘られた複雑な地下壕群の周辺は、絶え間なく運ばれてくる負傷者や、それを支える人々で慌ただしい空気に包まれていた。砲声や爆音の頻度は一時的に低下していたが、壕の内部からは、麻酔薬も満足にない中で苦悶する兵士たちの低い呻き声が絶え間なく漏れ聞こえていた。


壕の入口付近で、山名が有線電話の配線状態を確認していた時だった。

微かな風の音に混じって、どこかからかすかな歌声が流れてきた。

耳を澄まさなければ聞き逃してしまうほど小さな、しかし透き通るような少女の声だった。

絶え間なく響く負傷者のうめき声の切れ間に、途切れ途切れに、しかし確かに風に乗って流れてくる。

山名はハッと手を止め、耳をそばだてた。

「……歌声が聞こえる?」

同行していた旧海軍の士官もまた立ち止まり、険しい表情を緩めて耳を澄ませた。


声の方向は、少し離れた一段低い場所にある小さな壕の入口だった。

生い茂る雑木林の陰と、幾重にも積まれた土嚢に厳重に囲まれた、南風原陸軍病院の医療用壕の一つ。

そこから、純白の包帯やガーゼを抱えた一人の少女が、ひょっこりと姿を現した。

年齢は十五、六歳ほど。

汚れのない白いブラウスに、野戦用の機能的ではない、地味なもんぺ姿。

その腕には、赤十字の腕章が痛々しく巻かれていた。

少女は、泥まみれの軍服を着た二人の軍人を見ると、驚いたように目を丸くし、慌ててその場で深々と頭を下げた。

その背後からは、同じような年頃の少女たちが、血に染まった大量の包帯をバケツに入れ、水汲みのための重い水桶を両手で引きずるようにして忙しそうに出入りしていた。


「……彼女たちは、ひめゆりの生徒たちです」

士官が、絞り出すような小さな声で言った。

山名の足が、地面に釘付けになったようにピタリと止まった。


その名を知らない日本人は、彼の生きていた時代にはほとんど存在しない。

学校の教科書。

平和を訴える資料館。

各地に建てられた慰霊碑。

色褪せた白黒の写真の数々。

それらの記録や記憶の中にのみ存在していたはずの少女たちが、いま、血と硝煙に満ちた南風原の野戦病院の只中で、生きて呼吸をしていた。


「ここで、負傷兵の看護を……?」

山名が、掠れた声で訊ねた。

少女は健気にうなずいた。

「はい。壕の中にはたくさんの負傷された兵隊さんがいらっしゃいますので……私たち、包帯を洗ったり、お水を汲んだり、食事のお手伝いをしています」

壕の奥からは、消毒薬の鋭い匂いと、新鮮な血の臭い、そして汗と湿った土の悪臭がむせ返るように漂ってきた。

現代の無菌化された病院とは、あまりにもかけ離れた過酷な現実。壕外での水汲みといった危険な任務にも、彼女たちは日常的に従事させられていたのである。


山名は無意識のうちに、腰に装着していた個人用の救急ファーストエイド・ポーチへ手を伸ばしかけ、その動きをピタリと止めた。

ポーチの中には、現代の最先端の止血材、強力な消毒用ジェル、そして合成麻薬系の強力な鎮痛剤が収められている。

昭和二十年の医療水準から見れば、それらはどれも人間の命を奇跡的に救うことのできる、あまりにも貴重すぎる物資だった。

しかし、この目の前の過酷な戦場において、仮に一つの医療キットをここで使えば、明日運ばれてくる別の重傷兵の命を救うためのリソースが確実に削られる。

未来の艦隊が直面している弾薬の枯渇問題と、構造的に全く同じジレンマが、ここにも存在していた。

資源には、常に絶対的な限りがある。


「何か……包帯や医療品で、不足しているものはあるかい?」

山名が絞り出すように尋ねると、少女は少し困惑したような、しかし健気な微笑みを浮かべた。

「包帯と……あと、きれいなお水が少し足りません。お隣の壕まで汲みに行かないといけないのですが……」

伴侶となった士官は険しい顔で言った。

「第32軍の衛生隊を通じて、優先的に配給が行くよう手配するが……この状況ではなかなか行き届かん」

山名もまた、手元のデジタル端末のメモ画面に必要物資のデータを入力した。

だが、どれほど現代の端末に綺麗に入力したところで、目の前に物資が突然湧き出てくるわけではない。

冷たい液晶画面に表示されるのは、いつだって厳しい残余の数字だけだった。


その時、遠く首里の方向から、重い地響きを伴う砲撃の音が低く響き渡った。

少女たちの表情が、一瞬にして緊張に引き攣った。

山名は反射的に周囲の空気を探る。

しかし、幸いにもこの南風原の病院壕への直接攻撃ではなかった。


しばらくして、少女の一人が、壕の入口から恐る恐る小さな顔を出した。

山名は、そのあどけない少女の表情を見た瞬間、胸の奥を鋭い刃物で突き刺されたような強い痛みを覚えた。

未来の時代を生きてきた彼にとって、爆音や戦場の恐怖は歴史の教科書の中の出来事だった。

しかし、彼女たちにとっては、それが毎日のように繰り返される過酷な「日常」だったのだ。


「……怖くないのかい?」

思わず、山名は口にしてしまった。

少女は少しだけきょとんとした顔をし、それから小さく首を傾げて考えた。

「……怖いです。とても、怖いです」

それだけだった。

彼女たちがそこにいるのは、恐怖を感じないから勇敢なわけではない。

どんなに怖くても、恐ろしくて逃げ出したいほどであっても、自分たちが逃げれば誰がこの兵士たちを看取るのかという責任感だけで、彼女たちはこの地獄に踏み留まっているのだ。

その事実の重さが、山名の胸を重く圧迫した。


ポケットの奥に、硬い感触が触れた。

先ほどまで自分が食べていた、未来の非常用携行食に同梱されていた小さなチョコレートの包装だった。

山名は一瞬迷ったが、思い切ってポケットからそれを取り出した。

「これ……あげるよ」

少女はパッと目を丸くし、驚きで息を呑んだ。

「た、食べ物ですか……?」

「ああ。甘いものだよ」

山名は包装のフィルムを破り、小さく綺麗に割って手のひらに乗せた。

「みんなで少しずつ分けて食べなさい」

少女たちは恐る恐る手を伸ばし、それを小さな手に受け取った。

一人が口に放り込む。

その瞬間、少女たちの顔に、この殺伐とした戦場にはあまりにも似つかわしくない、純真で無邪気な笑顔がパッと咲いた。

「……あまい。すごく、おいしいです……」

それは、ほんの数秒間の出来事だった。

それでも山名は、その少女たちの笑顔の一片を、自分の人生の最後まで絶対に忘れることはないだろうと強く確信した。


---


南風原の丘を離れ、首里へ向かって再び歩き出す時、伴侶の士官がポツリと言った。

「未来の世界では、あの子たちはどうなるんだ?」

山名はすぐには答えなかった。

答えられなかった。

もしここで歴史の真実を語れば、それは未来の情報を過去に持ち込むという決定的なルール違反になる。

情報は人間の行動を変化させ、行動は歴史を書き換える。

そして彼自身、自分たちの介入によって、この世界がすでに元の歴史からどれほど遠く離れてしまったのかすら把握できていなかった。


「……できることなら、全員を助けたいと思っています」

しばらくの沈黙の後、山名は絞り出すようにそれだけ答えた。

士官はそれ以上深く追及せず、前方を真っ直ぐに見据えたまま黙々と歩いた。

二人は再び、首里の司令部へ向けて通信線の点検を急ぐ。


背後からは、遠く砲声の途切れた隙間を縫って、再び少女たちの健気な歌声がかすかに聞こえていた。

その頭上の空を、米軍の大型偵察機が嘲笑うかのように遠くを旋回していく。

敵は今、首里のどこかに隠された「未来の目」のありかを探し求めている。

一方、山名がたった今その目で見てきたものは、いかなる最新鋭の戦況図にも、レーダーのデジタル画面にも決して表示されることのないものだった。

それは、冷徹な戦争の統計データの底に無数に存在する、かけがえのない一人ひとりの人間の命と日常だった。


そして彼は、自分の心の中で確信した。

自分たちがこの過去の世界に残り、命を削って守ろうとしているものは、戦艦大和でも、首里の地下要塞でも、あるいは歴史の教科書そのものでもない。

あの少女たちが戦争の恐怖から解放され、いつの日か本当の平和な朝を迎えられる――その「未来の日常」そのものなのだ、と。



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