表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン17

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2370/3596

シーズン13 専門講義 第3層=「補正装置」仮説の導入


I. 問いの焦点化:第3層の万能性への疑義

犀川創平は、窓辺に立ち、コーヒーをゆっくりと淹れていた。湯気とともに立ち上る香りが、昨日の議論の熱を冷ますようだ。


犀川:昨日は、知性の第3層、すなわち再帰的自己観察(メタ認知)が、主体の根源であると論じた。しかし、本当に「考えること」、つまり自分自身を意識的にモニターすることが、すべての知的活動において中心なのだろうか?


萌絵:考えることこそが、人間を動物と分ける最も高度な機能ではないですか? **「私は今、こう考えている」**と内省する能力がなければ、私たちは間違いを修正できません。


犀川:たしかに、間違いの修正には必要だ。だが、我々は日々、膨大な知的成果を意識的な思考なしに達成している。君が歩く、私が車を運転する、複雑な微分方程式を無意識に解く。これらはすべて、反射的・技能的な処理であり、高次知的成果でありながら、第3層の介入はほとんどない。


四季:フフ……。ようやく**「考えること」への信仰から解放されるのね、犀川先生。あなた方は、「思考」を「存在」の証明だと信じすぎよ。思考は、あなた方が「動く」という自由な運動を妨げる、ただのノイズ**に過ぎないわ。


II. 再帰知性の定義と副作用

犀川は、第3層の定義とその機能的コストを客観的に整理した。


犀川:第3層、再帰的認知の機能とは、自分の思考・判断・感情を対象化し、モニター・修正・評価することだ。**「今、自分はこの問題を誤解しているかもしれない」**と気づくのが、この層の働きだ。


萌絵:それは、自己修正のための最高の機能ではないですか。


犀川:機能としてはそうだが、コストが高い。第3層が作動すると、思考は意識的・内省的なモードに切り替わり、認知負荷が極端に増大する。その結果、生じるのが行動の遅延だ。立ち止まって、**「私はこれで正しいか?」**と自問する間、世界は待ってくれない。


犀川:また、この層の過剰な作動は、過剰な自己意識を生み、萌絵くんも経験するような内省的苦痛、つまり不安や反すうといったノイズを増幅させる。第3層は、行為中心の知性にとって、副作用の大きい薬なんだ。


III. 「補正装置」仮説の提唱

犀川は、この高コストな第3層の本来の役割について、自身の仮説を提唱した。


犀川:私は、第3層は知性の**「基本形」ではないと考える。むしろ、それは「補正装置(Correctional Module)」**だ。


犀川:知性の基本は、第1層(感覚)と第2層(推論・操作)による効率的な環境適応にある。しかし、環境が不確実に変化した時、あるいは既知のパターンが通用しない新規の問題に直面した時、第2層までの処理ではエラーを検出できない。


犀川:その異常事態において、第3層が強制的に作動する。目的はただ一つ、錯誤エラーを検出し、既存のモデルを修正することだ。問題が解決し、再び環境が安定すれば、このモードは沈黙する。


萌絵:つまり、第3層は**「いつも必要な知性」ではなく、「世界が揺らいだときに作動する知性」**なのですね。普段は動かず、危機や失敗の瞬間にのみ起動する。


IV. 四季の断罪:第3層は「ブレーキ」

真賀田四季は、犀川の「補正装置」という定義を、**「自由」**という彼女の価値観から鋭く断罪した。


四季:フフ……。補正装置、ね。それはつまり、ブレーキのことよ。自由な運動を妨げる装置。


四季:行為中心の知性にとって、世界と同期し、直感的に運動することこそが自由よ。第3層は、その運動の最中に**「この動きは正しいか?」と内側から問いかけ**、行動の流れを寸断する。


四季:私から見れば、考えることとは、止まること。止まることは、不自由よ。あなた方は、「熟練」の瞬間、つまり第3層が沈黙した瞬間に、世界の流れに没入し、最高の自由を感じているはずなのに、すぐにまた「私」というノイズを起動させてしまう。


四季:真の知性とは、このブレーキを自在に切る・繋ぐ可変性よ。あなた方は、そのスイッチを危機に委ねているだけ。私は、私の意志でそのスイッチを操る。


犀川:スイッチか。その制御こそが、我々の次の焦点だ。次章では、この第3層が**「切られた状態」、すなわち熟練知と無意識の速度**について検証しよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ