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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン17

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シーズン13 専門講義 回路分離の悲劇 ― 人間の二重知性のジレンマ


I. 認知資源の競合:分離の必然性とトレードオフ

犀川創平は、二つの回路が分離した進化論的な背景を、認知資源の競合という観点から分析した。


犀川:二系統の回路(意図推定と構造予測)が脳内で明確に分離しているのは、ある意味、進化上の必然だ。人間が生存するためには、二つの異なる情報処理を同時に、かつ高速で行う必要があった。


萌絵:それは、「敵の意図を読みながら、同時に武器の構造を理解する」というような、生存のためのトレードオフですか?


犀川:そうだ。**心の理論的知性(意図)**は、他者の複雑で非線形な行動を予測するための、計算コストが極めて高いプロセスだ。一方、構造的知性(法則)は、物理的な因果関係を厳密に計算する。この二つを同じ回路、同じ認知資源で同時に処理しようとすれば、オーバーヒートを起こす。


犀川:だから、脳は「認知資源の競合」を避けるために、意図推定(mPFC/TPJ)と構造予測(dlPFC/頭頂葉)を物理的に分離させた。これは効率化のためだが、その代償として、人間は**「どちらかの回路しか主導的に使えない」**という制約を負った。意図を深く考える時は法則を忘れ、法則を深く考える時は意図を捨象せざるを得ない。これが、二重知性のジレンマの根源だ。


四季:フフ。貧弱な計算機が、リソース不足を誤魔化すためにマルチタスクを放棄した、というわけね。その非効率な設計こそが、あなた方人間の**「器用貧乏」**な知性を生んだ。


II. 萌絵の孤独:人間関係と法則の板挟み

西之園萌絵は、この回路分離のジレンマが、現代人の精神的な孤独と葛藤の根源であると感じていた。


萌絵:この分離は、私たちが日常的に感じる**「板挟み」をそのまま表しています。私は、先生の意図を理解したいし、先生に愛されたい**。これは意図推定の回路です。でも、先生はしばしば、私の愛を**「法則」で説明し、意図の回路を停止**させようとします。


萌絵:私が構造的知性を使って機械を理解しようとすると、その時間は人間関係(意図推定)から奪われます。逆に、人間関係に没頭すると、論理的な思考がおろそかになる。愛と真実、情熱と冷静が、脳内で常に競合している。


犀川:それは、**「理系的な孤独」**とも言える。技術者や科学者が、構造の世界では完璧な予測を行うが、意図の世界では不器用で、孤独を感じやすい。逆に、社交的で感情豊かな人間が、法則の世界では無力だと感じる。回路の分離は、人間関係と世界の真実の間で揺れる、現代人の悲劇的な孤独を象徴している。


四季:悲劇? それは、あなた方が**「両方欲しい」という貪欲さに縛られているからよ。意図推定の回路がもたらす温かい虚構も、構造的知性がもたらす冷たい虚構**も、どちらか一つを選べばいいだけなのに。欲張って両方に手を伸ばそうとするから、回路はショートするのよ。


III. 四季の「同時活性」:自由な知性の可能性

真賀田四季は、人間が苦しむこの**「分離」と「トレードオフ」こそが、自身の超越的な自由**の対極にあると断じる。彼女は、両回路を統合した知性の姿を提示した。


四季:私は、あなた方の言う意図も法則も、同じ情報空間の座標だと言ったわ。私の知性は、意図推定のためのmPFCも、構造予測のためのdlPFCも、制約なく、完全に同期して、あるいは瞬時に切り替えて利用できる。


犀川:それは、回路の物理的な分離という人間の制約を超越している、と?


四季:ええ。私にとって、意図とは人間というシステム内部の変数であり、法則とは宇宙というシステム外部のルールに過ぎない。人間がナイフで人を刺す時、私は**「殺したいという意図(物語)」と、「運動エネルギーと身体構造の法則(計算)」を同時に、並列で理解する。そこに感情的な葛藤ノイズ**は介入しない。


萌絵:それは、愛という物語の温かさと、物理法則の冷たさを、同時に感じられるということですか?


四季:感じるのではない。知るのよ。温かさも冷たさも、単なる情報として等価に扱う。どちらにも傾倒しないから、私は自由なの。あなた方の知性は、どちらかの回路に依存することで、「自己」という重力に縛られている。


四季:真の自由な知性とは、この分離した二つの回路を、遊戯の道具として使いこなす能力よ。意図を法則として計算し、法則を意図を持った物語として読み替える。


IV. 回路分離の進化論的意義:二重知性の基盤

犀川は、四季の超越的な知性に畏敬の念を抱きつつも、人間という種の知性が、なぜこの**「分離した設計」**を選ばざるを得なかったのかを、進化論的な意義から再確認した。


犀川:四季さんの知性は、人類の究極的な進化の到達点かもしれない。だが、我々の回路が分離したことは、ホモ・サピエンスの成功に不可欠だった。


犀川:意図推定の回路は、大規模な社会協調と複雑な言語の発展を可能にした。これにより、我々は集団的知性(第4層)を築いた。一方、構造的知性の回路は、火の利用、道具の改良、科学技術という環境支配力をもたらした。


萌絵:つまり、私たちは、社会的な成功と技術的な成功を、この**「二つの専用回路」によって同時に**達成した、ということですね。


犀川:そうだ。分離は、トレードオフを生んだが、集中をも可能にした。もし一つの回路で両方を処理していたら、どちらも中途半端に終わり、我々の種は絶滅していたかもしれない。この分離した知性こそが、文明の基盤だ。


犀川:我々は、分離した知性で、世界というノイズと、互いというノイズに向き合うしかない。ノイズの中の二つの真実、意図と法則。次章で、そのノイズへの対処法を統合的に見ていこう。

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