エピソード6 スピンオフ 戦術的撤退とAARの準備(Deny & Prepare)
午前7時。激しい応酬は小康状態に入った。主要路に固定されたM1A2ハンマー・ワンとハンマー・ツーは、依然として動かない。ブラッドレーIFVも、防御的な態勢を崩さず、機関砲の銃口を、俺たちの防御陣地に向けている。
「UAVチーム、映像を拡大しろ。敵の車長ハッチに動きはないか?」
「シャドウ・ワン。ハンマー・ワン乗員、ハッチを開けず。しかし、ブラッドレーIFV3番車が、後方へ戦術的撤退を開始しました。偵察・観測に特化した動きです」UAV担当が報告する。
敵は、このままでは回収が不可能だと判断したのだ。俺たちの対装甲火力、そして工兵の追加障害による脅威が高すぎる。彼らは、損害を拡大させるよりも、情報収集と代替ルートの探索にリソースを振り分けることを選んだ。
ブラッドレー3番車は、主要路から外れ、密集した市街地の裏路地へ進路を取った。
「全隊聞け!敵は迂回ルートの探索を開始した。これはISRの罠にかかるチャンスだ。しかし、同時に新たな脅威でもある」
俺は即座に情報班に指示を出す。「ブラッドレー3番車の動きを最優先で追尾しろ。奴らが通るルートに、工兵が仕掛けた地雷や障害がないか、即座に照合しろ!」
敵は、俺たちの防御の薄い箇所、あるいは既に罠を仕掛けた箇所を通るだろう。俺たちのUAVと固定観測ステーションは、その動きを逐一捉え、防御陣地に伝える。
「デルタ中隊。ブラッドレーの随伴歩兵が、建物内部へと進入しました。屋上や地下からの攻撃に備えろ。敵は、俺たちの観測プラットフォームを排除しようと試みるだろう」
敵の目的は、この膠着状態を維持しつつ、俺たちの防御の穴を探し、そこから突破することだ。戦闘は、火力戦から情報戦へと移行していた。
この時点での俺たちの兵力は、敵の反撃で消耗している。
「予備の機動部隊、そのまま温存を継続。局地対処のための戦力を分散させるな。我々の原則は、持久だ。敵がどこから来ようと、防御線は崩さない」
俺は、C2ポイントに戻り、通信ログと被害記録を整理し始めた。戦闘は続いているが、既に事後処理とAAR(事後検討)の準備は始まっている。
「通信班、全ての通信ログ・目撃情報・被害記録を整理し、タイムラインを作成しろ。簡易写真(証拠保全)も回収班に指示を出せ。この戦闘の教訓は、この街を出た後も生き続けなければならない」
ログ保存は、戦闘の継続評価(短期・中期・長期)と、今後の経路再評価に不可欠だ。
ブラッドレー3番車の迂回ルート探索は続いている。
「奴らは、主要な通りが塞がれたことで、戦術的な敗北を認めた。だが、奴らの歩兵の戦闘能力はまだ健在だ。彼らが偵察と情報収集に成功すれば、次の攻撃はさらに苛烈になる」
俺の目の前のCOPは、ハンマー小隊のアイコンが、二つの動かないM1A2と、徐々に都市の深部へと潜り込もうとするブラッドレー3番車に分断されていることを示していた。
俺たちは、この戦いでM1A2の機動性を奪い、敵に回収のコストを支払わせることに成功した。しかし、真の勝利は、この持久戦を乗り切り、敵に都市の完全制圧を諦めさせることだ。
俺は再び、対装甲チームへ指示を出した。「ブラッドレー3番車が、我々の対装甲チームの射界に入るまで待て。そして、今度は歩兵を降車させないように、機関砲の銃口を叩け!」
都市の静寂は、次の破壊的な接触の予兆で満たされていた。俺たちの鉄とコンクリートの罠は、次の獲物を静かに待ち受けている。
(終章へ続く)