エピソード6 スピンオフ 持久の代償と鋼鉄の檻(Sustain & Deny Recovery)
午前6時15分。都市の主要進入路は、俺たちの勝利の証である二両のM-Kill(移動不能)となったM1A2によって完全に封鎖されていた。炎上はしていない。それこそが敵の希望だ。彼らはまだ、この戦車を回収し、乗員を助け出そうと試みるだろう。
「ハンマー・ワン、ハンマー・ツー、車長ハッチ開かず。乗員は即時退避を選択していない。修理、あるいは回収を試みる気だ」UAVからの映像は鮮明だった。
「全隊、聞け!フェーズD、持久と回復(Sustain & Recover)に移行する。この麻痺状態を維持することが、最優先目標だ。敵の乗員退避と回収(Recovery)を徹底的に阻止しろ」
俺たちの勝利は、M1A2を撃破することではなく、都市での機動力を奪い、固定化することにある。そして、固定化された鉄の塊が、敵の人的・物的リソースを際限なく吸い込む「鋼鉄の檻」となることだ。
固定されたM1A2ハンマー・ワンとハンマー・ツーは、主砲こそ無事だ。彼らは、即座に火力優位で状況を打開しようと反撃を開始した。
ドォン!ドォン!
120mm主砲が、俺たちの防御拠点のビル群を狙って火を噴く。爆発とコンクリートの破片が舞い上がり、防御陣地の一角が吹き飛んだ。
「デルタ中隊、第1線が被弾!損害報告!」
「シャドウ・ワン、デルタ小隊、重傷者2名!MEDEVAC要請!」
俺は即座に医療班に指示を出す。「医療チーム、LZ(着陸地点)の確保。トリアージ優先で搬送準備!急げ!」
敵の火力の前に、歩兵の防御は脆い。これが、装甲を伴わない防衛の代償だ。俺たちは、敵の砲撃の隙間を縫って、素早く負傷者を回収し、陣地を再構築しなければならない。
ブラッドレーIFV3両は、停止したM1A2の周囲に防御陣形を敷き、機関砲と機銃で、俺たちの対装甲チームが潜む高層階を掃射し始めた。
「対戦車チーム、一時退避!ブラッドレーに露出するな! 敵は回収のための安全を確保しようとしている!」
俺は、工兵チームに無線を入れた。「工兵、聞け。敵の回収支援車両(M88 ARVなど)が来る前に、二次的な地雷、追加の障害を周囲に設置しろ。回収ルートを二重に塞ぐのだ。ただし、EODの監視下を離れるな」
敵が回収を試みる。その時が、最も無防備になる瞬間だ。
俺の目的は、敵の戦車を永久に動かない「危険物」として、主要路に放置させることだ。そうすれば、敵は主要路を使えず、より危険な裏路地や、既に工兵が罠を仕掛けた迂回ルートを使わざるを得なくなる。
戦闘が続けば、通信はさらに混乱する。俺はC2ポイントに戻り、COP(共通作戦図)を凝視した。
「通信班、ブラッドレーの通信妨害を確認。バックアップチャネルに切り替えろ!短報はさらに短く!不要な会話は一切禁じる!」
俺たちは今、時間稼ぎの持久戦を行っている。敵の火力に耐え、弾薬・燃料の前線補給ルートを維持し続けること。そして、EODと回収チームが来るのを阻止すること。このフェーズDで必要なのは、英雄的な突撃ではなく、冷徹なロジスティクスと指揮統制の維持だ。
「シャドウ・ワンより全隊。敵の反撃が激しいが、防御ラインを死守しろ。一歩たりとも退くな。敵は主要路を諦め、より危険な裏路地を通り始める。それは、工兵の仕掛けた罠が次の獲物を待っているということだ」
戦闘はまだ始まったばかりだ。しかし、この最初の交戦で、俺たちはM1A2の最強の武器である機動性を奪い取った。あとは、都市の瓦礫とコンクリートの力を借りて、敵の増援を断ち、消耗させるだけだ。
俺は無線を握りしめ、次の敵の動きを待った。この街は、M1A2が安易に踏み込める場所ではないと、徹底的に教えてやる必要があった。




