シーズン6 スピンオフ 夜明け前の設計図(警戒・早期発見)
コンクリートの粉塵と、冷えた鉄の匂いが混ざり合った夜明け前の空気。俺、コールサイン「シャドウ・ワン」は、崩れたオフィスビルの屋上に立っていた。
目の前に広がるのは、中東の都市でよく見られる、密集した旧市街だ。幅はおよそ1キロメートルから2キロメートル。古い石造りの建物がひしめき合い、狭い路地が網の目のように絡みつく。この迷宮こそが、俺たちの戦場であり、そしてM1A2エイブラムスの墓場になるはずだった。
耳に挿入したイヤホンから、通信担当の低い声が届く。「シャドウ・ワン。敵機甲部隊の接近、確報です。『ハンマー』小隊、M1A2が4両、ブラッドレーIFVが3両。現在、市外より10キロ圏内に進入。最速で4時間後に防御ラインに接触します」
俺はヘルメットの無線ボタンを押し込んだ。「了解。4時間か。夜明けには間に合わないな」
たった一夜。与えられた準備時間は、最大でその程度だった。あの装甲の塊と、それを護衛する機動性の高い歩兵を相手にするには、あまりにも短い。だが、嘆いている時間はない。
俺たちの作戦の目的は単純だ。都市を「罠」に変えること。彼らハンマー小隊は、装甲優位を絶対的に信用している。俺たちは、その優位性を、視界制限と情報優位という、最も原始的な要素で削り取る。
俺は手に持った防水シートに印刷された作戦設計図——これはごく少数の者しか持たない、緻密な計画の雛形だ——を改めて見つめた。最初に優先すべきは、火力ではない。
「UAVチーム、聞け。フェーズAへ移行。情報・監視・早期警報(ISR)を最優先。小型ドローン4機全てを連続展開。旧市街の上空を完全に確保しろ。燃料切れは許されない。交代要員も待機させろ」
即座に、ビルの裏手から低く唸るようなモーター音が響いた。小型UAVが夜の空に飛び立つ。全天候型で、雨にも風にも負けず、彼らの車列を監視し続けるための、俺たちの「目」だ。
次に、物理的な観測網の展開だ。
「観測ステーション。砲台と塔、全てに固定光学・サーマルステーションを設置完了しろ。監視担当は、昼夜を問わず、ブラインド(死角)を潰し続けろ。特に、機甲車両が好む主要路と、そこへ流れ込む路地の交差点を重点監視だ」
俺の目の前にあるタブレットには、すでに複数の情報ソースからのデータが流れ込んでいる。これが**COP(共通作戦図)**だ。敵がどこを通るか、どこで停止するか、どこで歩兵を降ろすか。全てをリアルタイムで予測し、共有する必要がある。
「通信班、分散式通信と戦術データリンクの冗長性を確保。主要チャネルが落ちても、バックアップチャネルで全てのチームがCOPを共有できるようにしろ。情報が止まる瞬間が、俺たちが死ぬ瞬間だ」
情報が、俺たちの生命線だ。M1A2の乗員たちは、狭いハッチの中からしか外を見られない。しかし、俺たちは空から、屋上から、そして地面の下から、彼らの行動を隅々まで見ることができる。これが、俺たちの情報優位だ。
俺は、敵の侵入軸になりそうな、都市の中心を貫く広い通りを睨んだ。
「彼らは、あの通りを**千鳥縦隊(Staggered Column)**で進んでくるだろう。正面からの一斉射は避け、側面か、弱点の上部を狙うしかない」
俺は、計画書の次の項目に目を移した。
「よし。各小隊長、聞け。対戦車チームの配置を開始する。最高の場所は、奴らの側面ではない。奴らが**『角撃ち』を行う、交差点の真正面、ビルの3階だ。そこから、敵の上面**、あるいは駆動系を狙い撃つぞ」
冷たい風が吹きつける中、俺は防衛ライン全体に、静かで、しかし揺るぎない指示を飛ばし続けた。都市は既に、巨大な鉄の塊を迎える**「罠の設計図」**通りに、静かにその姿を変え始めていた。夜明けの空の下、俺の部隊の呼吸が、コンクリートの街に溶け込んでいくのを感じた。