第25章 回避
右舷前方の警備艇が、次第に針路を逸らし始めた。直接の通信応答はない。だが、僚艦の変針と時を同じくして、上空を旋回していたKJ-500型の早期警戒機も北方へと姿勢を転じた。
「……監視は継続、だが進路妨害はせず、か」
竹中二佐が低くつぶやいた。
「ぎりぎりの線ですね。挑発せず、記録しておく——といったところでしょう」
「……つまり、あの海警船も“こちらを見てるだけ”ってわけか」
木村下士官が呟く。
「だけど、“あの大和”が沈んだ場所に戻るってのは、どう思われてるんですか?」
「感情はどうであれ、彼らも情報は持っている。日米の衛星が追っている以上、中国も航跡を監視しているはずだ」
永田三佐が短く答えた。
「我々がどこに向かっているか、彼らも分かっている。——だが、そこで行われるのが“戦闘”ではなく、“慰霊”である限り、武力介入は国際的に正当化できない。……そういう時代です」
艦の針路はまっすぐ、東シナ海の中央に向かっていた。
レーダーは沈黙し、海は穏やかだった。空にはまだKJ-500の電子ノイズが漂うが、すでに遠ざかっていた。
「信じられんな……。昔の俺たちなら、こうは行かなかった」
砲術長・江島中尉がぽつりと漏らす。
「敵艦が見えたら、即時警戒。距離を詰めたら戦闘配置。だが、今は“見るだけ”か」
「時代が変わったということです」
竹中が頷く。
「戦いの定義も、国家の正義の論理も。今や、戦う前に世論を制することが戦争の第一段階なんです」