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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン17
2337/2412

シーズン6 スピンオフ ガナー

ヘッドセットを掛け、CITV(Commander’s Independent Thermal Viewer)のサブフィードを左ディスプレイに割り当てる。正面のGunner’s Primary Sight(GPS)はメインの赤外+可視複合モード。視野角は狭いが、コントラストは極めて高い。昼の砂漠、陽炎が揺れる。しかしサーマルは、目に映らない熱差を輪郭に変える。敵影は光ではなく、熱で見分ける。


右手でハンドステーションを軽く握る。親指の先、トリガーの手前にレイジファインダー(測距ボタン)。中指の根元にはスタビライザー・エンゲージ。さらにトラバース/エレベーションの入力スイッチ。左手はモード・セレクターパネルに置く。砲安定、弾種選択、射撃モード、弾道補正――一連のスイッチ群。すべて位置で覚えている。目は使わない。手の記憶で操作する。


「Gunner up(砲手準備完了)。」短く報告。

インターコム越しに車長の声。「Copy. Index SABOT.」

私は即座に左手で弾種セレクターを「M829A3」へ。パネルのLEDが緑に変わり、FCSが自動で弾道テーブルを更新。内部計算は数秒で終わる。


モニター左下のレンジウィンドウが「––」から「READY」へ。私への“射撃許可”に近い合図だ。


「Range to target: 2400… laser on.」

右手親指でレイジファインダーを押し込む。

サーマル映像の中央に赤い十字が重なり、ディスプレイ右上に距離表示。

2,398m。標準誤差±5。十分だ。


「Lased. Range two-three-nine-eight. SABOT loaded.」

後方からローダーの短い声。「Up!」

即座にスタビライザーを“ON”。砲身をロック。弾道解算は自動。

砲口補正値が更新され、照準マークがわずかに沈む。熱波の揺らぎを補正している。


車長がCITV経由で声を飛ばす。「Target, BMP-2, moving right to left, 2300 meters, engage!」

私は視界右端の熱源を追い、ハンドステーションを軽く左へ。

トラバース速度は油圧式。入力圧で反応が変わる。

スティックを3度、ほんのわずか倒す――砲塔は1度旋回。

砂に反射する赤外がちらつき、目標輪郭が視界中央に収まる。


トリガー前の“PAL”インジケータが点灯。目標追従完了。

足元の震動で、安定化装置が反動に備え姿勢制御を始めたのがわかる。


「Identified. BMP-2. Firing solution on.」

私の声に、車長の「Fire when ready.」が重なる。


視界の外で、ローダーの静かな息。装填済み。引き金を待つ緊張だけが残る。


右手中指でセーフティ解除。

親指でレーザー再照射。測距を再確認。

距離2396m、風速補正±1。完璧な射程。


砲塔の微振動が収まり、クロスヘアが車体中央に合う。

「On the way!」

中指でトリガー――


――だが、今回は撃たない。

命令は「照準まで」。演習ルールだ。

私はトリガーに指を掛けたまま、呼吸を止めて固定する。


射撃演算値を確認。

画面右上の弾道表示は落差0.6mil。気温補正は反映済み。

もし実弾なら、いまの入力で貫通角は約560mm RHA equivalence。

BMPクラスなら一撃で仕留める軌道だ。


車長が続ける。「Hold fire. Target shift north, new contact heat sig 1 o’clock, 1800m。」

私は即座にトラバースを右へ切る。

CITVのサブフィードで視界を補助。

熱源は砂丘の陰からわずかに現れる。人型、あるいは軽車両。

ディスプレイを2xズーム。輪郭が分離。三人の歩兵と偵察車両。

「Identified, dismounts with light vehicle, 1800 meters. Suggest HEAT.」

「Affirmative. Index HEAT.」

ローダーが即動。金属音、短い「Up!」

私は弾種をHEATに切り替え、弾道テーブルの自動更新を待つ。

数値が安定。

「Range… 1790. Firing solution ready.」


スティックを少し押し、エレベーション微調整。砲身が0.2度下がる。

車長の「Fire when ready」。私は再び息を詰める。

右手トリガー下、セーフティランプが緑から赤へ。

照準マークを再確認。風補正、右0.1mil。

指にわずかな圧。心拍を一瞬、殺す。

狙点が“安定した世界”に入る瞬間を、身体でつかむ。


砲塔のわずかな前傾、安定制御の音。油圧が息をする。

「On target. Ready to fire.」

――そして、撃たない。


発射シミュレーションの「命中」。緑のインジケータが返る。

トレーニングでも、感覚は実戦と同じだ。


息を吐く。

右手を中立へ戻し、砲身をセーフティロック。

FCSログは自動保存。発射時間、測距データ、弾種、環境値――データリンクで記録される。


「Target neutralized.」

車長が短く言う。

私はモニターの輝度を落とし、砂の熱映像が白く飽和しないように調整。

炎天下、センサーのオーバーヒートは常に脅威だ。


コマンダーから通信。「Section, hold position. Check sectors.」

私は砲塔を12時方向へ戻し、トラバースをロック。

レティクルを“STBY”に切り替える。


車体の振動が静まり、ドライバーのブレーキ調整が足元から伝わる。

全乗員の呼吸がそろったような静寂。


表示パネルを確認。

主砲温度、安定機構油圧、俯仰角センサ――すべて正常。

風速が少し上がる。砂嵐の前兆。だが任務は続く。


「Gunner ready for next target.」

短く報告し、視界を再び北へ。

熱波の彼方、砂丘の尾根が揺らぐ。

次の敵影は、まだ見えない。

だが、指はいつでもトリガーに触れられる位置にある。


戦闘中の砲手とは、機械と一体化した観測装置だ。

私は“見る”だけでなく、“当てる”。

目と機械の境界が消える。

呼吸、心拍、照準、油圧、熱――すべてが同じリズムで動く。


そして、無線が次の命令を落とす。

「Gunner, standby — new thermal contact, three klicks east.」

私は頷く。もう考えない。

照準を、世界の一点に重ねるだけだ

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