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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン17
2334/2381

シーズン6 スピンオフ 砲手ログ



ハッチをくぐり、砲塔床に身を落とす。座面は低い。背を預けると、視線は自然に照準器群とディスプレイへ吸い寄せられる。ヘッドセットのジャックを差し込み、インターコムのクリック音を耳で受け取る。車長の声、ローダーの短報、ドライバーのレンジ確認――順番に流れ込み、私の席はその瞬間から動作中心の情報ハブになる。


まずは視界と表示の優先順位を決める。正面は射撃管制表示、FCSディスプレイ。上段に目標データのレイヤー、中央に弾道解算の要約、下段にセンサ・ステータス。左にはアナログの照準器――視界窓と整列ペリスコープ。右には外部カメラと赤外映像の小型モニタが並ぶ。私は表示の色とアイコンの位置を一息でスキャンする。赤や黄のアラートはないか。通信は切れていないか。自己診断のパルスが緑で安定しているか。


「砲手、インチェック。」短く告げ、同時にFCSの自己診断ログを上から下へ走らせる。センサ温度、ジャイロのドリフト量、レンジファインダの応答、照準軸のキャリブレーションフラグ。いずれも許容域内。だが小さな揺らぎは記憶に残す。後で異常の芽になることがある。該当ログを瞬時にスクロールし、必要なら整備へ要注意マークを付す。


外界情報へ移る。右モニタを拡大し、外部カメラとUAVフィードの合成像を重ねる。上空映像と車載センサの視点差を同期させ、サムネイルの移動ベクトルを追う。砂塵の流れ、建物陰の影、車列の位置関係――要点だけを拾い、車長へ短く返す。「右前方、建物群に塵の発生。スカウトへ照合指示。」返答が来れば、次の判断に移る。


正面には照準ハンドグリップとトラッキング入力系。握り心地、ボタンの反応、微動のフィードバックを確かめるのは日常だ。具体の操作手順は公開範囲を越えない。大事なのは、入力に即応し、FCSがそれを確かに受け取っているかどうか。グリップを短く押し、表示のポインタが滑らかに動くのを目で追う。もし遅延や段差があれば、その瞬間に「入力遅延」アラートを上げる。


砲手の常務は「目標の優先順位付け」。DIDの目標リストと車長の口頭指示を突き合わせ、射撃優先度のラベルを更新する。弾種の有効性、被害想定、同乗歩兵の位置、味方の射界――それらを一拍で読み取り、優先順位を確定する。車長が「敵装甲接触、優先」と短く言えば、私の内部プロファイルは即座に切り替わる。勝敗を分けるのは判断の速度だ。


レンジ測定はFCSの一要素にすぎない。私は測距の「整合性」を重視する。複数センサのレンジ値は合っているか。過去の風速データと弾道補正が乖離していないか。数値が割れるなら「レンジ数値不整合」と車長に伝え、観測方法の再確認を求める。原因が無線やUAVの遅延にあることは珍しくない。決定的な行動は車長の判断に委ねる。


装填はローダーとの同期が生命線。ローダーの報告ランプとアナログ表示を注視する。弾種を交互に切り替える運用なら、その都度、弾頭情報と起爆モードを確認する。誤装填は許されない。自分の表示で弾種を読み上げ、ローダーのラベルと視認で一致を取る。視線と短い音声確認だけで完了させるのが理想だ。手順の逐語は省くが、ここでの正確さは絶対だ。


「射撃許可」が出たら、次は情報の最小化。不要な表示を落とし、最重要――弾種、レンジ、風速、弾道補正――を大きく出す。値を瞬時に読み、必要なら修正案をひと言で提示する。車長の決断が出れば従う。ただし計器が明確なリスク――冷却異常、FCSトラッキングロスト等――を示すときは、ここで断固として提示する義務がある。


視界が悪化したときも砲手の出番だ。砂塵、煙、夜間の低照度は光学系に負荷をかける。代替画面を即時に指定し、赤外あるいはマルチスペクトル合成像へ切り替える。センサソースが変われば弾道補正の信頼度も変わる。その数値を車長に示し、可否の判断材料にしてもらう。


発砲手順自体はここでは扱わない。だが射撃後の観測とリセットは砲手の責務だ。まずセンサの回復状態と砲の熱影響を確認する。射撃は熱と振動を残す。FCSログをスクロールし、ジャイロドリフトや光学の変位をチェック。必要なら再キャリブレーションを提案し、整備へアラートを送る。判断は行動継続の可否に直結する。


戦術連携も砲手の視点で支える。歩兵との格子射界、隣接車両との射角調整、連続射撃時の弾薬消費見積もり――これらを短く車長に報告する。数値と時間から「次弾までのインターバル」と「補給到着見込み」を算定し、選択肢を提示する。提案は簡潔に。冗長は遅延だ。


移動中の監視は止めない。車体の揺れ、履帯の振動、外部からのエネルギー波形の変化――砲塔に伝わる異常は瞬時に拾う。FCSのログと突き合わせ、機械か外因かを判別する。被弾や近接爆発の兆候があれば「被弾感知、影響範囲確認中」と短報し、車長と整備に即応を促す。


砲塔内部はいつだって情報過多だ。優先順位を誤れば、それだけで致命傷になる。私は「今この瞬間、必要な情報だけ」を抽出し、視界と表示を簡潔に保つ。装填テンポ、弾薬残量、センサ信頼度、弾道補正――更新単位は分ではなく秒。砲手は精密な観測者であり、最短の言葉で状況を渡す通訳でもある。


この席の判断は、数字と短い言葉に凝縮される。私が表示を一巡して出す短報が、車長の次の行動を決める。情報を集め、要約し、提案する。機械の状態と戦術環境をつなぐこと――それが砲手の役目だ。砂漠の風が外をかき乱していても、私が頼るのは目の前の数値と仲間の声。次の射界は、すでに準備に入っている

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