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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン17
2332/2379

シーズン6 スピンオフ 《M1A2 ドライバー・ログ:サウジアラビア西部砂漠基地》

可能な限りM1A2のマニュアルレベルの操縦をシュミレートしています。



0630。外気温はすでに38度。風はほとんどない。

空気が重い。息を吸うたび、肺の奥に砂が入り込むようだ。

私は整備員の確認を待ちながら、車体左前の履帯に視線を落とした。外周点検の始まりだ。リンクテンション、サスユニット、誘導輪、起動輪――どれも異常なし。オイルの滲みもない。テンション良好。燃料キャップの締結を確かめ、排気部に積もった砂を手で払う。


点検を終え、報告を入れる。

それから、車体上部に登った。上面装甲はもう焼けている。素手では長く触れないほどの熱だ。

ハッチレバーを握り、半開にして内部の熱を逃がす。内壁から立ち上るのは金属とオイルが混じった匂い。甘いようで、鉄の味もする。

私はヘルメットのインターコムケーブルを手首に巻きつけ、身体をゆっくりと滑り込ませた。狭い。背中がシートのクッションに沈み、肩と肘が同時に内壁に触れる。

ハッチを閉じる。外の光が消えると同時に、空気が一段熱くなった。


正面三連ペリスコープ。外光補正をかけても視界は狭い。右側は砂の照り返しで真っ白に焼けている。私は左手で遮光フードを調整した。

右膝の下にサービスブレーキペダル。足元中央、トランスミッション・レンジセレクタスイッチ。位置は「N」。

右腰のコンソールには主電源ブレーカ。「OFF」を確認。


シートベルトを締め、胸の通信ジャックをヘルメットのインターコムに接続。

「ドライバー、インチェック。」

車長の声が返る。「受信良好。電源投入を許可。」


右手で主電源スイッチを「BATT」に切り替えた。

パネルが一斉に光り、計器類が息を吹き返す。

バッテリー電圧24.1V。油圧ゼロ。冷却水温は環境温度と同じ。

DID(Driver’s Integrated Display)が起動。自己診断バーが緑に伸びる。

左パネルの補機スイッチ群を目で追い、冷却ファン、燃料ポンプ、潤滑循環系の作動ランプを確認する。


「整備、外部確認。」

インターコムに返る声。「燃料ポンプ音確認。排気異常なし。」

主電源を「MAIN」へ。タービン始動準備。マスターウォーニングランプが橙に灯る。

燃料系圧力、正常。吸気温度42度。


深く息を吸い、スイッチを押し込む。

点火。

圧縮音のあと、低いタービンの唸りがキャビン床を伝う。最初の数秒、振動が激しい。回転計の針が2500rpmまで上がり、すぐに降下。油圧ゲージが上昇し、冷却ファンの起動音が重なる。

針が4500rpmで安定。警告灯が一つずつ消えていくのを待つ。

「エンジン始動完了。油圧安定、電圧安定。」

車長が短く応じた。「了解。レンジDを待て。」


温度ゲージがじわりと上昇し、排気音が低音へと変わる。

DIDに“G/T DRIVE ACTIVE”の表示。

レンジセレクタを「N」から「D」へ。緑ランプが点灯。

ブレーキペダルを踏み込み、操向レバーを握る。


ティラーバーを両手で確かめる。右グリップにスロットルトリガー、左に補助ブレーキボタン。

左右レバーを中立のまま、右グリップをわずかに捻る。エンジン音がかすかに高くなる。油圧針が反応し、DIDのトルク値が増加。

「出力応答良好。」


車長の声。「試走、前進一メートル。」

ブレーキを保持したまま、レバーを10度前へ倒す。

ペダルを緩めると、履帯が砂を掴んだ。金属が擦れる低音。

車体がわずかに沈み、前進。

速度1.5km/h。

再びブレーキを踏み、停止。

「試走完了、異常なし。」

計器を確認。針は規定範囲内。


「全車発進。第3車、前へ。」

ブレーキを緩め、右グリップを軽く捻る。左右レバーを同角度で前へ倒す。

タービン音が低く重く変わる。履帯が砂を切り裂く音。

車体前方が沈み、地面の重みを受ける。砂塵がペリスコープの外を流れる。


速度計3km/h。DIDに“COOLING STABLE”“FUEL FLOW NOMINAL”。

前方50mは硬質砂層。右側に風紋。

車長が言う。「進路5度右、定速維持。」

右レバーをわずかに戻す。右履帯のトルクが減り、車体が静かに右へ旋回。指示どおりの角度。


エンジン音が変わる。右グリップを戻し、スロットルを再調整。

左右トルクのバランスが均等に戻る。速度6km/h。

油圧安定。温度上昇正常。

外部通信。「先頭車8km/h、間隔維持。」

「了解。」


車内の熱がさらに上がる。通風系統を開く。

冷却ダクトから流れ出す熱風に砂の粒が混じる。皮膚を刺すようだ。

グローブの中で指を動かし、汗の感触を確かめる。制御、問題なし。


外は砂が舞い、視界がぼやける。ペリスコープ越しに明度を落とす。

車長の声。「第3車、状態。」

「エンジン温度570度、油圧1850psi、冷却正常。出力維持可能。」


車体の振動が一定になり、タービン音が低く安定する。

左手をレバーに添え、右グリップの微調整だけで速度を保つ。ブレーキには触れない。惰性で十分に減速できる。

キャビン内の温度46度。


「第3車、停止位置まで200。」

スロットルを緩め、レバーを中立へ戻す。出力針が下降。車体の動きがゆっくり止まる。

最後にペダルを軽く踏み、完全停止。


「停止完了。レンジN。」

セレクタを中立へ。緑ランプが消える。DIDに“ENGINE IDLE MODE”表示。タービン音が安定回転へ戻る。


報告。「エンジン安定、油圧正常、温度上昇止まる。以上、始動・走行系正常。」

「了解。待機。」


ハーネスを緩め、背中をシートに預ける。

耳の奥でタービンの低音が続く。

装甲の隙間から、砂漠の空気が細く流れ込んでくる。

ミッション開始前――ここまでが自分の仕事だ。

機械が呼吸を始めたのを確認し、私は指を離した。


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