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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン17

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第104章 ホモ・エレクトス ― 炎の夜明け



(約90万年前・アフリカ東部からレヴァントへ)


砂漠と森の境界。風が岩壁を舐め、乾いた葉が舞う。

その夜、世界はまだ暗かった。

だが――遠く、ひとつの点が揺れている。

それは、炎。

人類史上、最初の「夜の光」だった。


カメラが近づく。

焚き火を囲む十数体の影。

――ホモ・エレクトス。

彼らの体格はすでに現代人に近い。身長170センチ前後。

広い胸郭、長い脚。

脳容量は約1000ccに達し、額には考える人の影が宿る。


火は枝を舐め、空気を鳴らす。

音は低く、鼓動のようだった。

最初は恐れ。

火は天の怒りであり、雷の贈り物だった。

だが今、この群れはその恐れを手の中に収めている。


母が枝を差し入れ、火を維持する。

その動作は慎重だ。

酸素の流れを読み、炎が死なないように、

彼女は息を吹きかける。

――火の「管理」が始まった。


炎の光が、周囲の顔を照らす。

瞳が反射する。

そこに初めて「夜の表情」が生まれる。

暗闇の中で互いを見つめる術。

それは言葉よりも古い“社会的認知”の形だった。


群れの子どもたちは、炎の動きを見つめている。

火は赤く、青く、揺れながら天へ昇る。

視覚皮質の活動が高まる。

“ゆらぎ”は人の脳にリズムを刻む。

やがて、その周期が音に転写され、

――太鼓、踊り、音楽が生まれる下地となる。


ナレーション:


「火はただの熱ではない。

光は時間を作り、夜に“長さ”を与えた。

人類は初めて、昼と夜の境界を越えたのである。」


日中、彼らは狩りを行う。

木槍を手に、草原を駆ける。

遠くに逃げるレイヨウを追い、風を読む。

筋肉は滑らかに動き、肺は効率よく酸素を循環させる。

火を使った調理により食物は柔らかくなり、咀嚼筋は退化し、

その分、脳への血流が増えた。

――火が、脳を育てたのだ。


炎を使えば、腐敗を防ぎ、獣を遠ざけ、仲間を呼べる。

やがて焚き火は“集団の中心”となる。

狩りの分け前がそこに集まり、食事が共有される。

火の周りは社会の形――“円”の始まりだった。


夜、再び焚き火の前。

長老格の雄が骨を持ち上げ、群れに示す。

彼はそれを振り、叩き、音を鳴らす。

他の個体が顔を上げる。

リズムが生まれる。

音が“伝達”になる。

――言語の原型。


カメラがゆっくりと回る。

炎の周囲には、笑うような顔、考えるような目、

そして、静かに空を見上げる者。

星がきらめく。

誰かが指を伸ばす。

その指先が示す方向には、“場所”という概念が芽生えていた。

空を“見る”ことが、宇宙を“意識する”ことになる。


ナレーション:


「火は、記憶の装置だった。

光があれば、思い出せる。

光があれば、語れる。

光があれば、死が終わりではなくなる。」


炎が小さくなる。

母が灰をかき分け、赤い炭を土に埋める。

――明日また、この火を起こすために。

その行為は“未来”を想定する思考。

時間という概念が、ここで芽生えた。


カメラが引く。

夜の谷に、複数の焚き火が灯る。

点々と、まるで星座のように並ぶ。

それはアフリカから中東へ、アジアへと広がっていく。

“拡散”の始まり。

人類は、火とともに世界を歩き始めた。


風が炎を揺らす。

煙が空へ登る。

映像はオーバーラップし、

現代都市の夜景へと切り替わる。

無数の光――その原型は、あの焚き火の一点にある。


ナレーションが静かに結ぶ。


「火を手にしたその夜、

人類は初めて、恐怖よりも好奇心を信じた。

その光こそ――“知性”の始まりだった。」

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