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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン17
2324/2379

第101章  Ω-TERRA/セッション#53《群れの記憶 ― アウストラロピテクスの午後》



〔転送完了。空の色が琥珀に変わる。草の香り。熱がやわらぐ。〕


副部長「……ここ、涼しい。空気が柔らかい。」


Astra-Core「時代:約350万年前。地点:エチオピア・アワシュ流域。

アウストラロピテクス・アファレンシス個体群、活動範囲内。」


亀田「“ルーシー”の時代、ってことね。」

彼女は腰に手を当てて空を見上げる。

「森と草原が混ざってる……動物園みたい。」


富沢「あっ、いた! あれ群れ?」


丘の上。背丈およそ1.2メートルの影が五つ。

体毛は薄く、腕よりも脚が長い。

光を受けて胸郭が広がり、背筋が伸びていた。

――確かに「歩いている」。


重松「骨盤角度54度。大腿骨の内傾、明確。完全な二足歩行です。」

目は科学者のように冷静だが、声が少し震えていた。

「これが“ヒトの歩き方”の始まり。」


野田「……音がしますね。足音。リズムがある。」


彼女が耳をすますと、

草を踏む音が――規則的に、まるで太鼓のように――響く。

リズムの中に「群れ」の存在があった。


部長「歩行は社会行動だ。互いの距離を保ち、同じ速さで動く。

それが“協調”の原型になる。」


富沢「じゃあ、今うちらが並んで歩いてるのも、進化の名残ってわけ?」


亀田「そりゃそうよ。通勤電車も、立って動く“群れ”みたいなもんだわ。」


〔丘の陰で、雌が何かを拾う。石だ。〕

彼女は両手でそれを持ち上げ、地面に落ちた木の実を叩いた。

乾いた音が空気を裂く。


野田「……今、叩きました。」


重松「偶然じゃない。角度が一定だ。

筋収縮パターン、目的動作――“意図”がある。」


副部長「オルドワン以前の段階だな。自然石を使った最初の道具行動。」


部長「つまり、“考える手”の誕生だ。」


〔観測者たちの右手に微かな振動。

Ω-TERRAが共振を送っている。〕


Astra-Core「観測者群の手指運動野、対象個体と同期。

〈掴む〉信号を転写。」


野田は思わず自分の手を見た。

指が微かに動く。

「……私の中にも、あの“掴む”がある。」


富沢「手品のトリック、これで失敗しなくなるかも。」


亀田「馬鹿言ってないで、見なさいよ。子どもがいる。」


〔雌の足元で、小さな個体が転ぶ。

砂を払い、立ち上がる。母はそっと支える。〕


野田「支えてる……。優しい。」


部長「この時代に“育児行動”が確立した。

長期の子育てが、社会性を発達させたんだ。」


重松「それにしても……表情が豊かだ。

口角を上げてる。もしかして“笑ってる”?」


副部長「顔面筋群の発達は、音声言語の前提。

表情が“感情の符号”になった段階だ。」


富沢「笑うために顔が進化したってこと? 

……いいじゃん、人間らしい理由。」


〔陽が傾き、金色の光が草原を染める。

群れは一斉に立ち止まり、地平線を見つめている。〕


山本「何を見てるんだろう……。」


野田「風の音。……たぶん、嵐が来ます。」


Astra-Core「大気圧低下確認。風速上昇。

観測者保護フィールド展開。」


砂が舞い、視界が白くかすむ。

群れは寄り添い、腕を絡めるように体を寄せ合う。

母が子を抱きしめ、雄が外側に立って風を受ける。

その姿は、どこか“人間の家族”に似ていた。


亀田「守ってる……ちゃんと“守ってる”のね。」


富沢「うちらと変わらない。

――いや、うちらが“彼らの続き”なんだ。」


部長「進化とは、記憶の形を変えることだ。

立ち、群れ、支え合う。そのすべてが、まだ私たちの中にある。」


〔嵐が過ぎる。草が静かに揺れる。〕


野田(小声で)「……最初の社会。最初の優しさ。」


Astra-Core「セッション記録完了。

タイトル:〈群れの記憶〉。

次段階、ホモ・ハビリス期(器用な人)の演算準備。」


風が止む。

雌が再び石を拾い、子どもに渡す。

子はそれを持ち、空にかざす。

夕陽が反射し、金色の光が観測者たちの頬を照らした。


その瞬間――野田は微笑んだ。

「火より先に、光はあったんですね。

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