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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン17
2316/2382

基礎講義 インドの衝突とアジアの隆起



[講義記録:地球惑星科学ゼミ 第7講/佐伯研究室]


佐伯教授:

さて、ゴンドワナの崩壊が進み、南の海が生まれたあと――

地球上でもっとも劇的な「衝突劇」が始まる。

主役は、あのインド亜大陸だ。


リョウ:

インド……まだ南極の近くにいたはずですよね?


佐伯教授:

そうだ。

約1億年前、インドは南緯40度、東経60度――現在のマダガスカル南東沖。

周囲を暖かいテチス海が取り巻き、

巨大なアンモナイトやモササウルスが泳ぐ、青く静かな海だった。


だが、マントル深部からの上昇流――デカントラップ火山活動が始まる。

それが引き金となって、インドはマダガスカルから切り離され、

年に15〜20cmという驚異的な速度で北上を始めた。

地球史で最速の「漂流大陸」だ。


大陸の疾走 ― 南から北へ5000kmの旅


佐伯教授:

見てごらん。

インドは赤道を越え、北緯10°、20°……と急速に北上していく。

約7000万年前にはスリランカ付近が赤道上にあり、

5000万年前にはすでに**ユーラシア大陸の南縁(チベット南部)**に達していた。


総移動距離は5000〜6000km。

これは東京からアラスカまでに相当する距離を、

わずか5000万年で走り抜けた計算だ。


リョウ:

地球のスピード感が違いすぎますね……。

その間、気候や生物はどう変わったんですか?


佐伯教授:

良い質問だ。

北上するインドは、まるで“移動する温室”だった。

海からの湿潤な空気を運び、赤道の熱を北へ押し上げた。

その結果、地球全体が再び温室化し、

海水温は熱帯で35℃、極域でも20℃近くまで上昇した。


その温暖な気候の中で、白亜紀の恐竜たちが繁栄する。

ティラノサウルス、トリケラトプス、そして翼竜――。

海にはモササウルス、空には原始鳥類、陸には被子植物の森。

地球は、生命に満ちた**「最後の楽園」**だった。


大絶滅 ― “楽園の終わり”が生んだ新しい世界


リョウ:

でも、恐竜たちはこのあと絶滅するんですよね?


佐伯教授:

そう。

約6600万年前、メキシコのユカタン半島(北緯21°付近)に直径10kmの隕石が衝突。

地軸は傾き、塵が太陽を覆い、地球の温度は数年で10℃以上低下した。


恐竜の大半が滅び、

その空いた生態系の隙間に哺乳類が進出した。

インドの大地にも、夜行性の小型哺乳類が姿を現し、

のちの霊長類の祖先へとつながっていく。


リョウ:

地球の「主役交代」ですね。


佐伯教授:

その通り。

だがその裏で、インドの大地は止まらなかった。

衝突は目前だった。


衝突 ― ヒマラヤが隆起する瞬間


佐伯教授:

約5000万年前、北緯30°。

インドはついにユーラシア南縁に衝突する。

衝突角度は北北東方向――ちょうど今のデリーからラサを結ぶ線だ。

地殻の厚さは倍になり、

プレートがめり込み、沈み込まずに重なり合った。


結果、地表が押し上げられて生まれたのが――

ヒマラヤ山脈だ。

当初は標高1000m程度だったが、

その後も年間数mmずつ上昇を続け、

現在の**エベレスト(8848m)**を形成している。


リョウ:

じゃあ、ヒマラヤって、まだ“成長中”なんですか?


佐伯教授:

そうだ。

いまも年間約5mm上昇している。

そして、衝突によって北のチベット高原が広がり、

大陸の重みでモンスーン循環が強化された。

ヒマラヤが「空の壁」となり、

インド洋からの湿潤な空気を遮ることで、

インドに雨季と乾季が生まれた。


気候と生命の新秩序


佐伯教授:

ヒマラヤの出現は、単なる山の誕生ではない。

地球規模の気候装置ができたんだ。

•インド洋からの上昇気流 → 雨季モンスーン

•チベット高原の冷却 → 冬季モンスーン

•高度差により空気が循環 → 乾湿の交互リズム


このリズムが、

のちのアジアの森林、サバンナ、氷河分布を形づくった。

そして気候変動が、人類誕生の舞台を準備していく。


リョウ:

……こうして、インドの動きがアジアの天井を押し上げ、

気候までも変えてしまったんですね。


佐伯教授:

そうだ。

ヒマラヤは「地球の心臓の鼓動」だ。

その隆起がモンスーンを生み、

モンスーンが森林を育て、

森林が生物の進化を支えた。

一つの衝突が、惑星の生態系全体を変えたんだ。


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