基礎講義 パンゲアの割れる音
[講義記録:地球惑星科学ゼミ 第6講/佐伯研究室]
佐伯教授:
さて――時を2億年前、中生代ジュラ紀の初めに戻そう。
地球にはまだ、ひとつの大陸しかなかった。
それが「パンゲア(Pangaea)」だ。
緯度でいえば南緯60度から北緯60度まで、
地球の半分を覆うほどの巨大な陸塊だった。
リョウ:
……赤道をまたいでますね。
じゃあ気候も地域でずいぶん違ったんですか?
佐伯教授:
ああ。
中央部――いまのサハラや中東にあたる地域は超大陸効果で極端に乾燥していた。
海が遠く、湿気が届かない。
気温は昼に50℃を超え、夜には10℃を下回るほどの砂漠気候。
一方、南端(南極に近いゴンドワナ南縁)では
シダやトクサの森が湿潤な風に揺れ、古代の両生類や大型昆虫が生息していた。
北部ローラシアでは、温帯針葉樹林の中を小型恐竜や原始哺乳類が駆け回っていた。
リョウ:
まさに“恐竜の地球”だったんですね。
でも、この巨大な大陸がどうやって割れたんですか?
佐伯教授:
地球の内側――マントルが原因だ。
パンゲアの内部では、地球の熱が逃げ場を失って滞留していた。
ちょうど鍋底でお湯が膨張していくように、
マントルが上昇して地殻を持ち上げ、
中央に亀裂――**リフト帯(中央大西洋リフト)**ができた。
ここが、のちの大西洋になる。
[黒板に描かれる大陸図]
【2億年前】
● 北アメリカ:現在より約3000km東(北緯10〜40°)
● ヨーロッパ・アフリカ:現在より約2000km西(北緯0〜40°)
→ 双方が東西方向に引き裂かれ、海水が入り込み始める。
リョウ:
なるほど……じゃあ、アメリカとアフリカはこの頃くっついてたんですね。
今の大西洋の幅が6000kmだから、すごい距離を動いたってことか。
佐伯教授:
その通り。
当時の拡大速度は年間2〜3センチ。
人間の爪が伸びる速さだ。
だが1千万年あれば200〜300km、
1億年で3000km――大陸の形を変えるには十分だ。
裂け目からはマグマが噴き出し、玄武岩が固まり、
リフトの谷には新しい海が生まれた。
最初は紅海のような狭い海峡、
やがて潮が満ち、大西洋の原型となった。
リョウ:
そのときの空って、どんな感じだったんでしょう?
佐伯教授:
面白い質問だね。
当時の空気は、酸素濃度約15〜18%、
いまよりやや低かった。
そのかわり二酸化炭素濃度はいまの6〜8倍。
だから地球全体が温室状態で、氷床はどこにも存在しなかった。
極域でさえ平均気温は10℃を超え、
高緯度にもシダの森が茂っていたんだ。
リョウ:
じゃあ、地球全体が生き物であふれてたんですね。
佐伯教授:
そうだ。
南緯40°付近(ゴンドワナ北縁)では、
のちに日本列島の母体となる地殻断片――「秩父帯」「三郡帯」――が形成されていた。
その海は浅く暖かく、アンモナイト、ウミユリ、古代サンゴが繁栄していた。
火山島が並び、
プレートの沈み込み帯では花崗岩質の地殻が厚くなっていく。
その地殻こそ、のちの日本列島を形づくる“原型”だ。
つまりこの時代、日本の“かけら”は南半球にあった。
[地球儀を回しながら]
佐伯教授:
見てごらん。
南緯30〜40°の赤道寄り――そこに、日本の祖先となる島弧の欠片がある。
その後、プレート運動によって北へ、東へとゆっくりと移動していく。
リョウ:
……つまり、今の日本は南半球の火山島だった土地が、
何億年もかけて北上してきた結果、なんですね。
佐伯教授:
そう。
“生まれ”は南、いまは北――
地球の歴史から見れば、日本列島は旅する島だ。
教授、チョークを置く。
佐伯教授:
この裂け目――パンゲアの心臓が開いた瞬間に、
地球は「呼吸」を始めた。
割れ目からマグマが昇り、
大気にCO₂が放たれ、
その温室が生命の多様化をさらに加速させた。
ティラノサウルスの祖先も、翼竜も、
この“割れた世界”の気候に育てられたんだ。
リョウ:
地球が息をした瞬間に、生命が増えた――
なんだか、すごく美しいですね。
佐伯教授:
その通り。
パンゲアが崩壊したことで、海流が生まれ、
気候が循環し、孤立した環境が新しい生物を進化させた。
“分裂”は、破壊じゃない。
それは――創造の始まりだったんだ。




