基礎講義 パンゲア大陸時代 ― 「日本の骨格」が大陸に接合するまで
(約2億5千万年前〜2億年前)
リョウ:
先生、前に聞いた話だと、日本の“素材”は南極の近くから出発して、
何億年もかけて北上したって言ってましたよね。
それがついに、アジアにぶつかるのがこの時代ですか?
佐伯教授:
その通り。
およそ2億5千万年前、地球の陸地はすべてつながって、
パンゲア大陸という巨大な“一枚岩”になっていた。
地球儀でいえば、今のアフリカも南アメリカもユーラシアも、
ぜんぶくっついていたんだ。
リョウ:
すごい……。
じゃあ日本も、もうその中にあったんですか?
佐伯教授:
まだ“入り口”に立ったところだ。
日本の原型――秩父帯や三波川帯と呼ばれる海底の堆積岩たちは、
ゴンドワナ大陸から切り離され、長い航海を経て、
ちょうど今の中国南部、広東省から福建省あたりの海岸にたどり着いた。
そこが、パンゲアの東の端――アジアの縁だった。
リョウ:
ということは、今の日本列島の岩石って、
もともとは“漂流してきた島”だったんですか?
佐伯教授:
まさにその通り。
海の底で生まれた火山島やサンゴ礁の断片が、
海洋プレートの上に乗って北へ運ばれ、
最終的にアジア大陸の端に“押し付けられた”。
それが「付加体」――日本列島の土台だ。
リョウ:
押し付けられるって……どんな感じなんですか?
ぶつかるだけじゃなくて、めり込む?
佐伯教授:
いい表現だ。
実際に、海洋プレートは沈み込みながら、
その上に乗った堆積物や火山島をめり込ませていった。
それらは押しつぶされて、しわのように重なり、
やがて固まって「変成岩」や「花崗岩」になった。
つまり、地球が自分で自分を縫い合わせていたんだ。
リョウ:
地球が縫う……。
糸がプレートで、針が火山活動みたいな感じですね。
佐伯教授:
うん。
その縫い目のひとつが、飛騨帯や三郡帯だ。
深く沈んだ部分では高温高圧で岩石が変化し、
表層部では海底の泥が固まって「秩父帯」になる。
それぞれの帯が、日本の“地質の年輪”なんだ。
リョウ:
なるほど……。
でもそのころ、地球全体では何が起きていたんですか?
パンゲアって、安定していたんですか?
佐伯教授:
いや、むしろ不安定の極みだった。
陸が一つに固まると、地球の熱が逃げにくくなる。
そのため火山活動が激しくなり、
特にシベリアでは、今のアメリカほどの面積が一気に噴火した。
それがシベリア・トラップと呼ばれる大火山活動だ。
地球が「息苦しくなって」暴発したんだ。
リョウ:
……そのせいで生き物が絶滅したんですよね?
ペルム紀の大量絶滅。
佐伯教授:
そう、まさにその時期。
海の生物の九割、陸の七割が姿を消した。
けれど、その混乱の中でも、
大陸の縁では新しい生命の居場所が生まれていた。
日本の原型がくっついたのも、その“縁”だ。
破壊の隣に、創造がある。
それが地球の常だ。
リョウ:
……なるほど。
日本の岩たちは、地球の“再生期”にできたんですね。
まるで、地球が新しい皮膚をつくっていたみたいだ。
佐伯教授:
いい感覚だ。
そう、地球は古い皮膚を剥ぎ取り、新しい層を貼りつけていく。
パンゲアの縁でその作業を繰り返した結果、
**東アジアの外縁に「日本の骨格」**が形づくられた。
それが後に隆起して、列島の山脈の芯になるんだ。
リョウ:
ということは、このころの日本はまだ海の底?
それとも、もう地上に出てたんですか?
佐伯教授:
ほとんどは浅い海か湿地だ。
でもところどころ、火山島が顔を出していた。
今で言えば、台湾の東や沖縄トラフあたりの地形に近い。
陸と海の境目がゆらいでいた時代だね。
リョウ:
地球って、ずっと動いてるんですね。
なんだか、人間が“国境”って言ってるのが急に小さく感じます。
佐伯教授:
そうだろう。
数億年前のスケールで見れば、
国境も山脈も、ただの“波の一瞬の形”にすぎない。
日本列島も、まだその波の途中なんだ。
アジアにくっついた今も、またいつか離れていく。
リョウ:
え……また離れるんですか?
佐伯教授:
そう。
地球は静止しない。
パンゲアが崩れ始めたのと同じように、
この時期のアジア大陸の端も、少しずつ引き裂かれ始めていた。
それが次の時代――**「日本弧の誕生」**だ。
火山が並び、海が生まれ、列島が独立していく。
リョウ:
いよいよ、“日本”になるんですね。
佐伯教授:
ああ。
南極の海底から始まった旅が、
ここでひとまずの終着を迎える。
だが、終わりは次の始まりでもある。
地球はその“呼吸”を止めない。
列島は、これから大陸から引き離されていくんだ。
――そして、海が生まれる。