基礎講義 原始大陸時代 ― 日本の“素材”は南半球の海辺にあった
リョウ:
先生、日本列島って、いつごろ「できた」って言えるんですか?
いつから“日本”なんでしょう。
佐伯教授:
いい質問だね。
でもね――最初から「列島」なんて形は、どこにもなかったんだ。
始まりは、今の日本の土地が「地球のどこにいたか」という話になる。
5億年前、場所は南半球だった。
リョウ:
南半球? 日本が?
それって、オーストラリアの近くとかですか?
佐伯教授:
その通り。
当時の地球にはまだ二つの大陸しかなかった。
北にローラシア大陸、南にゴンドワナ大陸。
日本列島を作る“素材”――つまり今の地殻のもとになった岩たちは、
そのゴンドワナ大陸の北の端、
ちょうどオーストラリアの南東あたり、
南極を見上げるような冷たい海辺にあったんだ。
リョウ:
え、じゃあ日本のもとって、南極の近くの泥とか岩だったってことですか?
佐伯教授:
そうだよ。
想像してごらん。
氷に縁どられた南の海。
その海底では、火山灰やサンゴのかけら、海底の泥が、
大陸の端に押し付けられるように積み重なっていく。
その積み重ねが、後に「日本の骨格」になる。
地球の歴史で言えば――それは日本列島の胎児期だ。
リョウ:
“胎児期”……。
じゃあ、まだ海の底で形もなかったんですね。
佐伯教授:
そう。
今で言う「秩父帯」や「三郡帯」と呼ばれる地質帯が、
このとき海の底の堆積物として生まれた。
海洋プレートが沈み込む場所――
いわば「地球のコンベアの終点」だ。
その端で、泥と火山灰が押し寄せ、溶け、変わっていった。
リョウ:
その岩たちは、どうやって今の日本のところまで来たんですか?
佐伯教授:
そこが面白い。
この“母岩たち”は、ゴンドワナ大陸に乗ったまま、
ゆっくり、ゆっくり北上を始める。
1年にたった3〜5センチ。
でも2億年以上かけて、南極の近くから赤道を越え、
今の中国南部のあたりまで旅をするんだ。
リョウ:
そんなに動くんですか、大陸って……。
スピードで言ったら、爪が伸びるくらい?
佐伯教授:
そのくらいだ。
でも、それが何千万年も続けば、地球の姿が変わる。
ゆっくりとした“呼吸”のようなものさ。
地球の肺が膨らんで、しぼんで、
そのたびに海と陸の形が変わっていく。
リョウ:
じゃあ、日本の“元”は南の海から運ばれてきたんですね。
佐伯教授:
そう。
岩石が、プレートという巨大な船に乗って。
途中、火山が噴いて、新しい島が生まれ、
サンゴ礁ができては沈み、また積もっていく。
それが“付加体”という地質をつくり、
いくつもの層が縫い合わされるように成長していった。
リョウ:
なんか、縫い物みたいですね。
糸が少しずつ重なって、最後に布になる。
佐伯教授:
うまい比喩だ。
その布こそが、のちの「日本列島の地質帯」だ。
縫い目は深く、色も違う。
だから日本の山や川は多様で、地質も複雑なんだ。
それは地球が何億年もかけて“縫い続けた布”なんだよ。
リョウ:
5億年前の地球って、どんな感じだったんですか?
まだ恐竜とかいないですよね。
佐伯教授:
いない。
まだ海の時代だ。
海の底では三葉虫やウミサソリ、サンゴ、
そして殻を持つ最初の動物たちが栄えていた。
陸地にはやっとコケや原始植物が顔を出したくらい。
日本の岩たちは、その時代の海底の記憶を今も残している。
リョウ:
……じゃあ、私たちが歩いている地面の下って、
もとは南極の海の底の泥、ってことですか?
佐伯教授:
その通り。
君の足元にある石は、
5億年前の南の海の砂やサンゴの名残だ。
つまり、君は太古の海の上に立っているんだ。
それが日本の本当の始まりだよ。
リョウ:
……地球って、想像よりずっと長く、ずっと生きてるんですね。
何億年もかけて、一枚の大地を縫い上げてきた。
佐伯教授:
そう。
地球は、ゆっくりだが確実に形を変える。
日本列島の“誕生”とは、
その縫い目が少しずつ集まり、
南の海の泥が、北の陸にたどり着くまでの物語なんだ。
まるで、長い夢のようにね。
リョウ:
夢……。
じゃあ次の夢は、
その岩たちがアジアにぶつかるところ、ですね?
佐伯教授:
ああ、それが次の章、「パンゲア時代」だ。
南からやって来た日本の素材が、アジア大陸に“衝突”する。
その瞬間から、地球は新しい息を吸い込み始める。
――列島の形が、そこで初めて“芽吹く”んだ。