第22章 記憶の海へ — 航行中の甲板にて
護衛艦「きりしま」は、呉を後にして東南へと針路を取った。エンジンの重低音が艦内を包む中、艦橋下の左舷甲板には、海風を浴びる大和乗員たちの姿があった。
「江島、お前、こんな静かな航行、初めてだろ」
砲術長だった江島が笑った。
「ああ、信じられん……。味方の対潜護衛がここまで完璧とはな。81年前じゃ、艦隊のどこかが常に爆雷を撒いてた。いまじゃ、ソナーもレーダーも、全方位に網が張られとる」
「……海の静けさが、逆に怖いな」
呟いたのは、若い下士官の木村だった。
有馬艦長が静かに応じた。「あの頃は、海そのものが敵だった。潜水艦、機雷、空からの斜爆——油断すれば即死。……だが、いまは違う。この海は、我々の支配下にあるように見える。だが本当に、そうだろうか?」
有馬は答えず、しばらく黙って海を見つめていた。その代わりに、艦橋から降りてきた永田三佐が口を開いた。
「我々、海上自衛隊は“軍”ではありません。法的には、軍隊の名を持たない防衛組織です。交戦権も、正式な戦争の遂行能力も制限されている。だが——」
「……撃たずに戦う、か」
江島が呟いた。「そんな時代が、本当に来たんだな……いや、来てしまったんだな。戦わずして威嚇し、威嚇が抑止に……それで平和が続くなら、結構な話だが……」
木村がぽつりと言った。「でも、現実には睨み合いが続いとるんですよね?」
その時だった。艦橋から短くチャイムが鳴った。