第94章 《氷と獣 ― 哺乳類の黎明》
絶対年代:6600万年前〜現在(古第三紀〜第四紀)
24時間換算:19:00–21:00
Scene 1 19:00–19:20(約6500万年前)/灰の夜
Ω-TERRAの視界に広がるのは、灰色の世界だった。
空はまだ塵に覆われ、太陽はぼんやりとしか見えない。
しかし地表には、微かな動きがあった。
倒木の陰、わずか20センチの影――それが、最初の夜の支配者、哺乳類だった。
チサ:「温度−10℃、光量1/5。こんな環境でも、彼らは動いてる。」
タッキー:「体温維持、平均38℃。恒温性が完全に機能してる。」
夏樹:「寒いのに、毛皮があたたかそう……。」
スノーレン:「熱を保持する構造が進化の中心。――夜が生命を変えた。」
圭太:「恐竜の時代が光の支配なら、これは“暗闇の文明”だな。」
灰の夜に、獣の息が白く浮かぶ。
それが、新しい時代の最初の呼吸だった。
Scene 2 19:20–19:40(約5000万年前)/大陸の衝突
視点が南方へ移る。
巨大な陸塊――インド亜大陸が、アジアに迫っていた。
速度は1年に5cm。だが、地球にとっては稲妻のような衝突だった。
タッキー:「衝突開始。地殻変動波、波高5000m級。」
スノーレン:「プレート収束速度5cm/年。ヒマラヤ造山帯形成。」
チサ:「海底の石灰岩が持ち上がって、山になる。海が空を押し上げるなんて……。」
夏樹:「あの稜線、まだ“生まれたての傷”みたい。」
圭太:「地球が隆起する音がする……。呼吸の音だ。」
ヒマラヤの雪が太陽を反射し、風がアジア全域に新しい気候を運ぶ。
その結果、季節風が誕生し、雨季と乾季が世界のリズムを作った。
――地球が、再び脈打ち始めた。
Scene 3 19:40–20:00(約3000万年前)/獣たちの惑星
Ω-TERRAが緑の大地を映す。
草原、森、川――どこにも命があふれている。
象、馬、サイ、クジラ。すべてが哺乳類の姿をしていた。
スノーレン:「哺乳類の多様化、ピークに達す。
知覚構造が複雑化――視覚・嗅覚・社会行動の分化。」
チサ:「彼らは“感じる力”で生きてる。力じゃなく、記憶と感情で。」
夏樹:「鳴き声が会話みたい。愛情とか、仲間とか、そういう響きがある。」
タッキー:「大脳新皮質の拡張を確認。――学習機能が飛躍。」
圭太:「“生き延びる”から、“生きる”に変わったんだな。」
空には渡り鳥、海にはクジラ、陸には群れをなす獣。
地球全体が、哺乳類の呼吸音で満ちていた。
Scene 4 20:00–20:30(約260万年前)/氷の来訪
風景が一変する。
北半球が白く染まり、氷床がゆっくりと拡がっていく。
氷期の到来だった。
平均気温は−15℃。しかし、それは終わりではなく――脈動だった。
スノーレン:「陸が呼吸を始め、気候が脈打つ。」
チサ:「氷と海が交互に息をしてる。地球全体が肺みたい。」
タッキー:「氷期周期、約10万年。軌道離心率0.0167。
ミランコビッチ・サイクルと完全一致。」
圭太:「自然が“時間”を繰り返す仕組みを持ってるんだな。」
夏樹:「冷たさの中にも生命が残ってる。
氷の下で、草が芽を出す音がする。」
氷が溶け、また張り、
気候は呼吸のようにリズムを刻み続けた。
その周期が、のちに人類の季節感を生み出すことになる。
Scene 5 20:30–21:00(現代)/記憶する地球
Ω-TERRAのカメラが現代の地球を映す。
氷河は後退し、都市の灯が夜空を染める。
だがその光の下には、いまもかつての氷の脈が流れている。
スノーレン:「平均気温+1.2℃。
氷期後の過渡状態、気候安定域を逸脱。」
チサ:「海と陸のバランスが生命の鼓動を保つ。
でも、人間はそのリズムを速めすぎてる。」
圭太:「俺たちは、地球の呼吸の“拍子”を変えてしまったのか。」
夏樹:「でも、この星はまだ歌ってる。
風も、波も、動物たちの声も……全部、まだ生きてる。」
タッキー:「観測終了――全時代データ統合完了。」
スノーレン:「総括:進化とは、記憶の層構造。
氷も獣も、人間も、その一部にすぎない。」
チサ:「呼吸がある限り、地球は生きてる。
だから私たちは、見届けなきゃね。」
画面に、青い星がゆっくりと回る。
その大気の中には――かつて氷を溶かした獣たちの息が、
今も微かに混ざっていた。