第93章 《花と翼 ― 白亜紀》
絶対年代:1.4億〜6600万年前(白亜紀)
24時間換算:18:00–19:00
Scene 1 18:00–18:10(約1.3億年前)/香りの出現
Ω-TERRAドームの風が柔らかくなった。
海から吹き上げる湿った空気に、わずかな“香り”が混じる。
それは初めての、**被子植物(花を持つ植物)**の香気だった。
チサ:「香りが生態を変える。」
タッキー:「揮発性有機化合物、イソプレノイド系。
昆虫との情報伝達に使用。」
夏樹:「見えない言葉みたいだね。風に乗る“誘い”。」
スノーレン:「情報伝達手段の多様化。
香り=分子による“生態系の会話”。」
圭太:「音も言葉もない世界で、香りが“意味”を運んでる。」
風に散る花粉が陽光を受けて輝く。
それは生殖であり、記憶であり、進化の“匂い”だった。
Scene 2 18:10–18:25(約1.2億年前)/色の誕生
湿原の花々に、蝶の祖先が舞い降りる。
翅の鱗粉が太陽を受け、微細な干渉色を放つ。
世界が、初めて“色”を知った瞬間。
夏樹:「世界が色を持った。」
圭太:「光の反射を利用してる。
この輝きは“見せるための構造”だ。」
チサ:「選ばれるための形。――それが生物の新しい戦略。」
スノーレン:「反射光の波長制御。
生物が“物理現象を意味に変換”した最初の事例。」
タッキー:「色覚と行動パターンの共進化を確認。
昆虫と植物、両方の神経応答が同期してる。
夏樹:「光が、関係を作るなんて……」
蝶が花粉を運び、花が蝶を変え、
世界は視覚のネットワークで結ばれていった。
Scene 3 18:25–18:40(約1.0億年前)/空を継ぐ者たち
丘陵の上、空に鳥の群れが舞う。
その羽毛は光を反射し、虹のように煌めいた。
恐竜の子孫――鳥類が空を制していた。
圭太:「恐竜の夢が、空に昇った。」
チサ:「骨格が軽くなってる。中空骨構造、効率的な酸素循環。」
タッキー:「肺が一方向換気。飛翔時でも酸素供給が途絶えない。」
スノーレン:「進化の目的は、生存ではなく“情報の保持形態”。
飛翔とは、情報の空間拡張。」
夏樹:「翼って、物理と詩の中間にあるのね。」
空の青に、羽ばたきがリズムを刻む。
音、光、風――すべてが生命の調律となっていった。
Scene 4 18:40–18:50(約9000万年前)/地球の饗宴
Ω-TERRAの視野が拡大する。
世界は花と森に満ち、空は鳥の声で震えている。
恐竜たちは多様化し、海にも陸にも命が満ち溢れた。
昼の気温は30℃、酸素濃度は今より高い。
スノーレン:「生命は光の反射を利用し始めた。
美とは、熱力学的に余剰なエネルギーの表現形態。」
チサ:「つまり、余裕が“美”を生む。」
夏樹:「生き残るためじゃなく、生きることを楽しんでる感じ。」
圭太:「この時代が“楽園”と呼ばれる理由がわかるな。」
タッキー:「でも、周期関数的変動を検出。
――軌道傾斜、次の周期で寒冷化に入る。」
チサ:「地球は、宴の途中で必ず帳尻を合わせる。」
森の上を金色の羽が舞い、
花の香りと光が溶け合って、
地球は呼吸する芸術そのものになっていた。
Scene 5 18:50–19:00(約6600万年前)/白い閃光
タッキーがセンサーを睨む。
「異常軌道物体接近。直径10km、速度20km/s。」
チサ:「衝突予測地点、ユカタン半島。カウントダウン開始。」
空が、白くなった。
音はなかった。
ただ、地平線が溶け、
光が音より速く世界を消した。
夏樹:「これが……終わりの音?」
圭太:「いや、“新しい夜明け”の始まりかもしれない。」
スノーレン:「進化は決して止まらない。
削除のあとに、また構築が始まる。」
火球が雲を突き抜け、大気を燃やす。
衝撃波が海を割り、風が森を薙ぐ。
一瞬で、花も翼も香りも消えた。
だがその灰の下で――
まだ温かい羽毛の影が、小さく震えていた。
それが、未来の鳥たちだった。




