第92章 《恐竜の楽園 ― 陸と空の分岐点》
絶対年代:2.5〜1.4億年前(中生代・三畳紀〜ジュラ紀)
24時間換算:17:00–18:00
Scene 1 17:00–17:10(約2.5億年前)/乾いた始まり
Ω-TERRAの視界が再び広がる。
地表には巨大な大陸――パンゲアが広がっていた。
海は遠く、中央は果てしない赤褐色の砂漠。
かつて海だった場所に、塩の結晶が光を返している。
スノーレン:「気候モデル更新。パンゲア中央部――乾燥指数0.92。
日較差:+60℃/−10℃。」
チサ:「海の呼吸が止まった分、陸が息を荒げてる。」
夏樹:「空気が重い……けど、匂いがある。砂と熱の匂い。」
圭太:「森が遠いな。命はまだ“点”でしかない。」
タッキー:「大気中のCO₂濃度、2200ppm。酸素濃度15%。
――それでも、復活は始まってる。」
やがて地平線に、緑が揺れた。
それはソテツと針葉樹が作る最初の森。
ペルムの死を越えて、緑が再び呼吸を始めた。
Scene 2 17:10–17:25(約2.3億年前)/陸の覇者
湿地帯に足音。
長い首を持つ竜脚類の群れが、霞の中をゆっくり進んでいく。
その背に陽が差し、皮膚の紋様が光を受けて波打つ。
チサ:「陸が動物に奪われた……でも、空が開いた。」
スノーレン:「大気温度28℃、湿度90%。温暖安定期の始まり。」
圭太:「皮膚のパターンが植物みたいだ。光合成の模倣か?」
タッキー:「赤外線反射率の最適化。――熱制御だ。」
夏樹:「陸が音を取り戻したね。鳴き声が風に混ざってる。」
彼らの足元では、原始的な哺乳類――モルガヌコドンが草陰を走る。
夜行性。暗闇の中で、嗅覚と聴覚が進化していた。
スノーレン:「哺乳類の系統、確認。体温維持機構の原型。」
チサ:「恐竜が昼を支配し、彼らが夜を守る……生態圏の分業ね。」
陸は再び、呼吸を始めていた。
Scene 3 17:25–17:40(約2.0億年前)/昼食 ― “観測者たちの午後”
Ω-TERRAドームの再現時間は、現実の昼下がりに同期していた。
チサたちは観測を一時中断し、調整室のテラスに出る。
風景はジュラ紀の湿原。遠くでステゴサウルスの群れが移動している。
タッキーがAI補給装置からトレーを取り出す。
金属皿に並ぶのは――合成タンパクと藻類由来のスープ。
圭太が笑う。「まさか恐竜見ながら飯食うことになるとはな。」
夏樹:「この湿気の中で味噌汁飲むの、ちょっとシュールね。」
チサはスープを啜りながら、空を見上げる。
「空気が、もう“生き物”みたい。水蒸気と酸素の匂いが混ざってる。」
スノーレン:「嗅覚入力と記憶想起が同期。
――観測者が“時代の匂い”を再現している。」
タッキー:「海と違って、陸の時間は食事のリズムと似てる。
取り込み、分解、再構成。」
チサ:「つまり、陸上生態系そのものが“消化器官”なのね。」
彼らの背後で、遠雷が響いた。
湿原の午後、生命の匂いが濃く漂っていた。
Scene 4 17:40–17:50(約1.8億年前)/空を奪う翼
突風が吹き、上空を滑る影。
膜の翼を広げたプテロサウルスが、海岸線を掠めて飛んでいく。
その眼は鋭く、風の動きを読むように揺れていた。
スノーレン:「翼竜出現。――陸の支配者が“空気の利用者”へ進化。」
チサ:「重力を味方につけた種ね。
陸が支配されたからこそ、空が解放された。」
圭太:「鳥になる前の鳥。まだ空気を“掴む”ように飛んでる。」
タッキー:「翼膜の構造、コラーゲン線維の方向性で強度分布を制御。
軽量構造の原型。」
夏樹:「風の上を泳いでるみたい。」
チサ:「泳ぐことと飛ぶことの違いは、媒質だけ。
でも、空は“意志”が必要ね。」
プテロサウルスが陽光を切り裂き、森の上を旋回して消えた。
空が、新しい生態系の舞台となった瞬間だった。
Scene 5 17:50–18:00(約1.4億年前)/黄昏の森
太陽が低く、森が金に染まる。
ソテツとイチョウの葉が風に鳴り、針葉樹の樹液が光る。
その中を、小さな恐竜――羽毛を持つコンプソグナトゥスが走る。
タッキー:「羽毛の構造解析。ケラチン多層膜、保温機能を確認。」
スノーレン:「温血化進行中。代謝安定化。」
圭太:「見ろよ……鳥の影がもう見えてる。」
夏樹:「空気が柔らかくなった。酸素が、優しい。」
チサ:「恐竜の時代は、力の時代じゃない。――適応の時代よ。」
圭太:「陸が再び歌ってる。」
夏樹:「滅びの後にも、こんな音があったんだね。」
スノーレン:「観測記録完了。――“大気生態系、安定フェーズ突入”」
太陽が沈み、空が紫に変わる。
その光の中で、恐竜たちはまだ眠らず――
そして、夜の端で小さな哺乳類が息をしていた。
それが、未来への種火だった。




