第90章 《森の惑星 ― 酸素の支配者たち》
絶対年代:3.6〜2.9億年前(石炭紀)
24時間換算:15:00–16:00
Scene 1 15:00–15:15(約3.6億年前)/酸素の空
Ω-TERRAのドームが一瞬で色を変える。
空は深く、青というより**翠**に近い。
酸素濃度――30%。
葉の表面は異常な速さで光合成を行い、大気中には微粒子の酸化物が舞っている。
チサ:「気圧1.3気圧、酸素濃度30%……。
人間がここにいたら、一呼吸で意識を失うわ。」
スノーレン:「燃焼限界値に近い。――燃える惑星。」
圭太:「地球全体が酸素工場だ。」
タッキー:「データ確認。植物群は巨大化。葉面積指数8倍。
呼吸量と光合成量が拮抗してる。」
夏樹:「空が深い緑に見えるのは、酸素の屈折率のせい?」
チサ:「ええ。空気が“濃い”の。生命が光を変えてしまった。」
彼らの前に広がるのは、シダとヒカゲノカズラが作る森の大聖堂。
太陽は高く、空気そのものが“生命の音”を響かせていた。
Scene 2 15:15–15:25(約3.4億年前)/樹海の呼吸
ドローンが森の上空を飛ぶ。
地上は40メートル級の木性シダが密生し、湿気が霧となって漂う。
一面が“呼吸している”。
チサ:「光合成速度、分単位で変動してる……森林全体が呼吸器官ね。」
タッキー:「気孔の開閉周期を観測。昼夜リズム、地軸傾斜周期と同期。」
圭太:「森そのものが、地球の肺だ。」
夏樹:「音が違う。風の音が……酸素の振動に聴こえる。」
スノーレン:「酸素濃度の上昇は、燃焼閾値を押し上げるが、同時に進化圧を高める。」
チサ:「この酸素の洪水が、次の生物を“巨大化”させるのね。」
圭太:「生きるって、呼吸の仕方を選ぶことなのかもな。」
木々の影で、巨大なトンボ――**メガネウラ(翼長70cm)**が舞い上がる。
羽音は風ではなく、空気の唸りそのものだった。
Scene 3 15:25–15:35(約3.2億年前)/燃える森
突然、雷光。
乾燥した木の樹液が爆ぜ、火が走る。
炎はあっという間に天へ伸び、酸素の海がそれを増幅させた。
タッキー:「酸素過剰時代の火災頻度――平均100年に1回。
今の地球の10倍以上。」
チサ:「燃えることが、呼吸の延長線にある……。」
圭太:「酸素が命を与えて、同時に奪ってる。」
夏樹:「まるで地球が、自分の肺を焦がしてるみたい。」
スノーレン:「熱化学平衡のゆらぎ。燃焼は、地球の代謝活動の“発熱”段階。」
火は赤く、空は青緑に染まり、
森全体が――まるでひとつの巨大な呼吸器のように燃えていた。
その後、灰の上には新しい芽が伸びる。
酸素の循環が、再び始まる。
Scene 4 15:35–15:50(約3.1億年前)/昆虫の帝国
火の跡を越え、ドローンは湿地帯へ。
地面を這うムカシヤスデ、体長2メートル。
空を飛ぶメガネウラ。
木陰では、両生類から進化した初期爬虫類が、
まだ陸上に不慣れな呼吸を試している。
スノーレン:「酸素供給過剰。大型昆虫の気管系が過膨張。
環境適応の“生理的限界点”に到達。」
チサ:「高酸素が、彼らの巨大化を許してるのね。」
夏樹:「酸素の過剰が“想像力”みたいなものを押し広げてる気がする。」
圭太:「でも、行きすぎた呼吸はいつか崩れる。――燃えるように。」
タッキー:「CO₂低下、全球平均気温マイナス5℃。
氷期への傾向が始まってる。」
チサ:「酸素の祝祭の後には、静かな冷たさが来る……。」
森がざわめき、巨大な羽が夕光を裂いた。
その影は、まるで空そのものが生物になったかのようだった。
Scene 5 15:50–16:00(約2.9億年前)/酸素の果て
空の緑が、少しずつ褪せていく。
酸素濃度は減少へ転じ、二酸化炭素が戻り始めていた。
Ω-TERRAのドーム内では、ゆっくりと風が止まる。
チサ:「酸素濃度、30%から20%へ……。
燃焼惑星の時代が、終わりに向かってる。」
タッキー:「火災減少、気温低下、氷床拡大。――炭素循環、再平衡。」
圭太:「呼吸が静かになると、世界も静かになるんだな。」
夏樹:「でもこの静けさが、哺乳類の祖たちの“夜”を育てる。」
スノーレン:「観測完了。――酸素文明、終息。地球は再び冷却局面へ。」
チサ:「生命の呼吸は止まらない。……ただ、リズムを変えるだけ。」
圭太:「森が夢を見てる。次は、何を生み出すんだろう。」
風がわずかに吹く。
その香りは、焦げた樹皮と湿った苔――
酸素の記憶だった。