第88章 《カンブリア爆発 ― 光と捕食の創世》
絶対年代:5.4〜5.0億年前(カンブリア紀初期)
24時間換算:13:00–14:00
Scene 1 13:00–13:10(約5.4億年前)/“静寂”の崩壊
エディアカラの穏やかな海が、突然、ざわめき始めた。
Ω-TERRAの再現空間に、粒子のような生命が一斉に現れる。
青く静かな水塊が、命の密度で緑に濁る。
タッキー:「生物群密度、前時代比で千倍。
――多様化速度、臨界を超過。」
圭太:「進化って、ほんとに“爆発”なんだな。」
チサ:「これが“カンブリアの光”。生命が、互いを照らし始めた。」
夏樹:「さっきまで何もなかった海が……今は生き物で溢れてる。」
スノーレン:「遺伝情報の位相空間が臨界点に達した。
遺伝的創発――Evolutionary Singularity。」
視界の奥から、殻を持つ三葉虫の群れが這い出してくる。
砂が舞い、光が反射し、世界が一瞬で“生態系”へと変貌した。
Scene 2 13:10–13:25(約5.3億年前)/見る者、見られる者
光が海中を斜めに走る。
その光を“感知する”構造――眼が誕生した。
球状のレンズ、原始的な網膜、複眼の始まり。
チサ:「視覚器官、解析中……光刺激応答、0.05秒以下。」
スノーレン:「情報処理速度、従来の千倍。捕食の進化を誘発。」
圭太:「“見える”って、つまり“狙う”ことでもあるんだな。」
夏樹:「光が美しかった時代は、もう終わったのかも。」
タッキー:「光は、今や生と死を分ける信号。」
チサ:「でも、見るという行為こそが“意識”の始まり。」
スノーレン:「視覚は恐怖の起点。認識と回避、それが思考の原型。」
海の色が青から緑へ変わる。
光が散乱し、生命の影が無数に重なり――世界が初めて“形”を得た。
Scene 3 13:25–13:40(約5.2億年前)/アノマロカリスの影
突如、巨大な影が滑る。
アノマロカリス――史上初の本格的捕食者。
複眼は数千のレンズを持ち、獲物の微かな動きを捉える。
その動きは優雅でありながら、絶対的だった。
圭太:「こいつ……芸術的に残酷だな。」
チサ:「捕食の出現。それは“命を奪うことで生命を定義する”瞬間。」
夏樹:「食べるって、殺すことなんだ……。」
タッキー:「酸素濃度上昇により代謝効率が飛躍。捕食型生物の出現条件、成立。」
スノーレン:「環境エネルギー密度が飽和。情報系が進化を促進。」
アノマロカリスが一匹の三葉虫を捕らえる。
その瞬間、海の粒子たちが一斉に逃げ惑う。
“食う”と“逃げる”――世界に意思の対立が生まれた。
Scene 4 13:40–13:50(約5.1億年前)/ピカイア、背骨を持つ
浅海の崖の陰。
一本の細長い生物――ピカイアが滑るように泳ぐ。
体の中には、一本の軟骨の柱――脊索。
それが、後の脊椎動物の原点だった。
チサ:「内部に剛性軸を持つ……これが“身体構造”の革命。」
タッキー:「ピカイア。筋肉波を連鎖的に伝えて泳ぐ。――脳脊髄系の前駆体。」
圭太:「逃げるために背骨が生まれたのか。」
スノーレン:「恐怖は進化の最も効率的な教師。」
夏樹:「痛みが、“動く理由”を教えたのね。」
チサ:「そしてこの“構造”が、人間へと続く。」
海の奥で、ピカイアは光を避けるように泳ぎ去る。
その背は、まだ柔らかく、未来を知らない。
だが、確かにそこには――脊椎動物の影があった。
Scene 5 13:50–14:00(約5.0億年前)/生命の色
ドーム全体が緑がかった光で満ちていく。
水中の粒子、海藻、甲殻、軟体、棘皮――
全てが反射と吸収を繰り返し、海を生命のスペクトルで染め上げる。
スノーレン:「光の散乱に、生命の影が重なる。――惑星が“生きている”と観測された。」
チサ:「青から緑へ。生命が光を奪い、色を変えたの。」
タッキー:「酸素濃度21%、炭素循環安定。――複雑生命圏、確立。」
圭太:「地球が、自分を描き始めた。」
夏樹:「絵筆は光、絵具は生命。」
チサ:「そしてその絵の中に、私たちも描かれる。」
スノーレン:「観測完了。――“生命系、臨界展開終了”」
ドームの海が静かに光を閉じる。
それは爆発の終わりではなく、意識の始まりだった。