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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン17
2302/2382

第87章 《エディアカラの息吹 ― 多細胞動物の原型》



絶対年代:6.3〜5.4億年前(エディアカラ紀)

24時間換算:12:30–13:00


Scene 1 12:30–12:40(約6.3億年前)/夢の海


Ω-TERRAのドームが淡い光に包まれた。

氷が溶けたばかりの海――その水は透明で、まだ“捕食”という概念を知らない。

海底には、柔らかな体を持つクラゲ状、リーフ状、葉状の生物が静かに揺れていた。

彼らは、意思を持たず、ただ海流に身を任せて動いている。


夏樹が息を呑む。

「……まるで夢の中。」


チサ:「水のゆらぎが、彼らの時間。動くというより、漂っているのね。」


タッキー:「この動き、筋肉運動じゃない。水圧と浮力のバランスだけで形を保ってる。」


圭太:「それでも、生きてるってわかる。……なんでだろうな。」


スノーレン:「生命とは、物質の秩序ある遅延。崩壊に抵抗する構造が存在する限り、生は続く。」

静かな海。

だが、その静寂の中に、確かに**“始まり”の呼吸**があった。


Scene 2 12:40–12:45(約6.0億年前)/意図のない運動


ドローンカメラが海底近くに降下し、半透明の生物を映し出す。

彼らは自らの意思ではなく、流れと光の反射に合わせて緩やかに形を変える。


チサが低く呟く。

「これは“意図のない運動”ね。

 動きはあるけれど、目的がない。……まだ“生存”を知らない生き物たち。」


夏樹:「それでも美しい。世界が彼らを動かしてる感じ。」


タッキー:「細胞分化の比率、一定周期で変動中。外界刺激への応答じゃなく、内的リズムだ。」


スノーレン:「初期代謝周期の記録完了。個体の意志ではなく、化学振動のゆらぎ。」


圭太:「人間だって、呼吸や鼓動の半分は“無意識”だ。

 つまり俺たちも、この延長線上にいる。」


チサ:「……そうね。意図より先に“生命”があったの。」


Scene 3 12:45–12:50(約5.8億年前)/対称性の崩壊


顕微鏡ドローンが一体の生物を追う。

その身体には、わずかな“非対称”が見え始めていた。

前と後、上と下――構造が偏りを持ち始める。


スノーレン:「構造の対称性が崩れた。これが“体の前後”の起源。」


チサ:「前ができた瞬間、未来が生まれたのね。」


夏樹:「進むってことは、選ぶってこと。」


タッキー:「神経の原型も出現。刺激応答の方向性ができた。」


圭太:「偶然の偏りが、やがて運命の方向になる。」


スノーレン:「観測更新。非対称性=エネルギー流の一方向化。

 生命は“時間”を得た。」


チサ:「これが、“意志”の前段階。」

生物がほんの少しだけ――流れの逆へ動いた。

それは、地球史上初の“選択”だった。


Scene 4 12:50–12:55(約5.6億年前)/生きている証


画面に、円盤状のディッキンソニア、羽根状のチャルニオディスク、糸状のスプリギナが浮かび上がる。

いずれも骨を持たず、神経も未発達。

しかし、表層に複雑な模様が走り、わずかな光の差にも反応していた。


圭太:「まだ骨も眼もないけど、生きてるってわかる。」


チサ:「“見る”より先に、“感じる”があったのね。」


タッキー:「光刺激に対する電位変化、0.3ミリボルト。――感覚の萌芽。」


スノーレン:「生物史上、初の外界フィードバック系。これが後の“感情”の原型。」


夏樹:「感じるって、痛みとか不安も含むんだよね。

 ……でも、そこから世界が始まる。」


チサ:「そう。生きるとは、“感じ続けること”そのもの。」

沈黙の海で、光が揺れた。

それはまるで、世界が“目覚め”を始めたかのようだった。


Scene 5 12:55–13:00(約5.4億年前)/静寂の終わり


ドーム内に再生される映像が、ゆっくりと明滅する。

エディアカラの海は、穏やかで、静かで、そして――終わりに近づいていた。

酸素濃度は上昇し、海流が速まり、捕食構造の前駆体が出現する。


タッキー:「環境の不安定化を検出。

 栄養循環速度が急上昇、エネルギー流が倍化。」


チサ:「カンブリア爆発まで、あと4000万年。」


スノーレン:「複雑化の圧力が閾値を超えた。

 生物圏は“競争の時代”へ移行する。」


圭太:「夢の終わりって、次の現実の始まりなんだな。」


夏樹:「静かに終わる。――でも、この静けさが未来を呼ぶ。」


チサ:「そう、これは終わりじゃない。“生命の第1章”の終止符よ。」

海底の砂が舞い上がる。

その瞬間、微かな影がひとつ――捕食者の輪郭を残して消えた。

それは、次の時代への前奏音だった。


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