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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン17
2295/2364

第80章 《最初の生命 ― 原始細胞の誕生》



Scene 1 3:00–3:15(40.0–39.5億年前)/息をする惑星


Ω-TERRAの視界が、深海の裂け目を映す。

海底から硫黄を含んだ煙が上がり、周囲に淡い金色の霧が漂っている。

その縁には、硫化物を酸化する**微小な細菌群――原始的な“硫黄細菌”**のコロニーが群生していた。

細胞一つひとつは直径一マイクロメートルに満たない。

だが顕微鏡を通せば、それらは規則的な脈動を示している。


チサがモニター越しに息を呑む。

「代謝が始まった……地球が息をしてる。」

泡の中で硫化水素が酸化され、水とエネルギーが生まれる。


スノーレンが淡々と解析を報告する。

「ATP類似物質の合成を確認。非酵素的リン酸転移反応進行中。」


圭太はカメラを構えながら低く呟く。

「もう“動いてる”な。生きるための化学じゃなく、生きることそのものだ。」


夏樹が微笑む。「この惑星、ほんとに音があるみたい。波じゃない、呼吸の音。」

黒煙の中で立ち上る泡が、まるで肺胞のようにリズムを刻んでいた。


Scene 2 3:15–3:30(39.5–39.0億年前)/複製という衝動


温度は摂氏七〇度。高温にもかかわらず、黒煙の縁では不思議な生命構造が成立していた。


タッキーが目を輝かせる。

「RNA鎖の複製速度、指数的上昇。――これ、自己増殖してる。」


AIの声が重なる。

Astra-Core:「触媒中心構造を持たないRNA複製反応を検出。平均延長速度、毎秒二塩基。」


チサ:「酵素がなくても、環境そのものが“触媒”になってるのね。」


スノーレン:「Mg²⁺濃度とpH勾配が自然のポリメラーゼとして機能。」


圭太がデータを確認する。「一本のRNA鎖がもう一つを呼び寄せる……まるで言葉が言葉を増やすみたいだ。」


夏樹:「それが“遺伝”の原型か。」


タッキー:「そうだ。再現性――それはもう、記憶の萌芽だ。」

硫化鉄の壁に光る無数の微点。

彼らはその光を見ながら、地球が“自己を語り始めた瞬間”に立ち会っていた。


Scene 3 3:30–3:40(39.0–38.7億年前)/記憶のはじまり


圭太がログを取る。

「反応データ保存。RNA鎖数、前回比一・八倍。これが“記憶”の始まりか。」


AIが応じる。

Astra-Core:「記憶定義:構造の再現による情報の保持。――適用可。」


スノーレン:「その定義は、生命だけのものではない。物理もまた記憶する。」


チサ:「でもね、生命は“忘れない”ように構造を変える。――それが違い。」


夏樹が目を閉じる。「忘れない……って、まだ何も感じてない存在なのに。」


タッキー:「感じなくても、生き残ろうとする。環境の中で最も確率が高い形へ。」


チサ:「それが“自然選択”の最初の影よ。」


スノーレン:「アルゴリズムの進化に近い。冗長性が情報の生存率を上げる。」


圭太:「でも、アルゴリズムは祈らない。――こいつらは、祈ってる気がするんだ。」


夏樹が静かに笑う。「それ、きっと“希望”の原型だよ。」


Scene 4 3:40–3:52(38.7–38.4億年前)/理由なき存在


海底の視界が広がる。岩肌に沿って淡い緑の膜が揺れていた。

直径数ミリの泡――内部にはRNAと脂質膜が共存している。

そのひとつが分裂し、二つの泡が滑らかに離れていく。


チサ:「自己分裂、確認。」


タッキー:「エネルギー入力なしで分裂してる。内圧と温度変動だけで……」


夏樹がそっと呟く。「ここに“生きる理由”なんて、まだないのね。」


圭太:「理由がなくても、生きてる。」


チサ:「意味がないからこそ、強いのかもしれない。」


スノーレン:「観測者定義:“目的”は情報の余剰表現にすぎない。――存在自体が結果である。」

沈黙。

ただ、海流の音と、泡が割れる小さな音。

それが、この惑星で初めて鳴った生命の拍動だった。


Scene 5 3:52–4:00(38.4–38.0億年前)/生命の定義


暗い海の底。

スノーレンの声が静かに響く。

「定義:生命とは、熱ゆらぎを構造に変える行為。」


Astra-Coreが応答する。「承認。Ω-TERRA生体定義を暫定更新。」


タッキー:「熱ゆらぎ……つまり、偶然を形にする力か。」


チサ:「そう、熱のノイズを“秩序”に翻訳する存在。」


夏樹:「じゃあ、地球そのものが生きてるって言える?」


スノーレン:「惑星スケールの自己組織化を観測。論理的整合あり。」


圭太:「俺たちはその中の一つのゆらぎか。」


夏樹:「でも、そのゆらぎが“心”を生む日が来る。」

海面に近い層で、太陽の微光が届き始めていた。

赤い光が水中に差し込み、泡膜が淡く輝く。


Astra-Coreが最後のログを記録する。

「反応系安定。生物学的自己複製、連続三千サイクル突破。」


チサが笑う。「誕生を確認。これが――最初の生命。」


圭太:「音も匂いもないけど、確かに“生まれた”な。」


夏樹:「人間がここまで辿るなんて、地球も驚いてるよ。」


そして彼らは黙り込んだ。

四十億年前の海の底で、

青白い光が――確かに呼吸していた。


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